白露~二十四節気~

今日は満月でしたが、9月に入ってすっかり秋めいております。

わたしは今月に入ってずっと微熱が続き、非常にコンディションが整わないでいるような状態でおります。
今はちょうど秋の花粉症の出始めの時期にもなるのでしょう、確かに外へ出ているとクシャミがでたりもしますし、家へ戻った途端にグッタリとなってしまったりもいたいます。

しかし思いますには、夏が去って秋に入ったわけですから、身体の中のシステムが大きく様変わりをし始めるのが当然の時期であると心得ておりますので、春先もそうですが、この時期の変調にはさほどには慌てることはありません。

秋分まで後2週間と少しですが、この秋分には昼と夜の時間が等しくなり、その後はどんどん夜の長さが長じていくわけです。これを違った角度から説明してみますと、身体が温められる時間よりも、熱が奪われて冷やされる時間の方が長くなっていくようになる、と言うことができるでしょう。
このことは、身体にとっては非常に大きなできごとであり、もっぱら熱を放散するように働いていた身体のシステムを、今度は慌てて正反対の冷やされない方へと切り替える必要があるわけです。

実際にこのスイッチがはっきり入れ替わるのは、わたしの経験で言いますと、大体気温にして20度が目安になります。一日のうちにこの20度を跨いで気温が行き来する時期というのは、身体のコンディションが非常に不安定になります。

夏至に陽の極まりを迎える春分から秋分の期間というのは、過分に熱に晒されますので、身体は熱を逃がして放散するために、副交感神経が優位となって、毛細血管を広げて毛穴を開くことになります。しかし、冬至を中心とする陰の極まりの時期には、反対に交感神経を優位として、血管を収縮させ、毛穴も閉じなければなりません。
このドラスティックな切り替えが体内で起こり始めるのが、春先と秋口の季節になるということなのだろうと思いますが、気温も波がありますので、身体の方も迷いながら段階的に準備を整えていくような感じになり、なかなか体調が安定しなかったりということも起こりがちですね。

今月に入って微熱が続いていますのは、身体が夏の暑さに慣れてしまっているせいで、熱を逃がしやすい態勢をとっており、夜分の冷え込みに体温が奪われるようになっているために、熱を生み出す作業を身体が思い出しながらやり始めているということになるでしょう。しかし、気温もまだ日中は暑かったりしますし、久しぶりの慣れない作業のために、なかなか安定的にコントロールができないところがあるように思います。

また、空調の多用などで人間の肉体の調整機能が混乱したり劣化しているということも、この時期の不調を強めてしまっているのだろうと思います。
春先や秋口に花粉症になるのは、ある意味では人間の身体が、花粉を積極的に利用して、季節の変化への対応をはかろうとしている面があるのではないか、と感じられます。
人間の身体はさほどに馬鹿ではなく、むしろ極めて優秀なものであると信じますが、現在の人間の送っている生活環境が、あまりにも肉体や生理を無視したものに過ぎているために、優秀な肉体をもってしても、なかなか調整がうまく行えなくなってしまっているようなところが、きっとあるのだろうと思います。

節気の白露ですが、これは朝晩の冷気が、いよいよ草花に露をつけるようになったということです。ということは、人間の身体においても、冷えを実感することが出てくる時節であるということです。
朝晩などは、風通しでも良くしておけば心地よく過ごせるものを、相変わらず空調を入れたままの施設が多かったりするのは、些かというより大いに呆れてしまう状況にも思えます。

室内着も短パンではなく長いズボンに代えて靴下も着用する、食べ物を夏のメニューから切り替えるなど、日常のごく当たり前のちょっとした事が大いに身体を助けてくれますね。

身体のことばかり言いましたが、この時期に大きく様変わりするのは身体上のことばかりではありません。身体に起きているのと同じかそれ以上の大きな変化が、実は人間の精神上にも起こってくるのです。

こうしたことの霊的な意義を知らないままですと、人として十分に生きることはまったく適わないこととなってしまうのです。
冬至と夏至を極として大きく二分されるとともに、二つの極の入れ替わりが生じる春と秋、この四季の持つ意味合いを如何に正確に把握できているかということが、ほとんど人としての質やスケールを決定づけててしまう、といってよいくらいに大切なことではないかと最近は感じるようになりました。そうした違いが決して肉体の上のことばかりでなく、見えない霊や魂における在り方の違いとして意識されていなければなりません。

かと言って、それは知識として持てばいいということではありません。自分自身の魂で、澄みゆく秋空に懸かる満月でも眺めながら、ヒシヒシと胸の内深くにおいて感じなければならないことだと思います。

夜も更けてしまいましたので、また機会を改めてそのことに触れてみたいと思います。

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