進行の満月を迎える

今わたしの進行図において、ちょうど満月を迎えているところです。

p太陽が魚座の26.6度、p月が乙女座26.3度ですので、あと数日でぴったりのオポジションとなります。

出生図との関連では、n火星が乙女座の27.9度で、p月とは1.5度ほどの差で合しています。

経過図との関連では、t土星が今日現在で射手座の26.3度ですから、進行の月と太陽と経過の土星とでちょうどスクエアを形成しているところです。

進行の満ち欠けについてよく言われますのは、進行図における新月の時に種が蒔かれて、それが満月の時に刈り取られる、というようなことですが、15年前の新月時にはp太陽と月は魚座の12.6度付近で合しましたので、サビアンで言えば、(PISCES 13 °): AN ANCIENT SWORD, USED IN MANY BATTLES, IS DISPLAYED IN A MUSEUM.(多くの闘いで使用された古代の剣が博物館に陳列されている。)という象意の影響を受け、それが現時点で結実する、ということになろうかと思います。

けれども、現在実感されているものは、あくまでも現時点の太陽なり月がいるところの度数に関する内容ですので、種まき時の意図がそのまま15年間維持されているということではなさそうです。

意図がそのまま結実するというようなことは、人間の合理的な観念の中だけで生じることであり、実際的には、成果というものは常に意図したものとは異なった形でもたらされる、ということが自然法則的な感覚からいっても真実ではないか、と感じられます。

この進行図における月の満ち欠けについては、約30年のサイクルという、人間が実生活において意識的に捉え続けることができない長さのものです。

これが新月から満月に至る期間としては半分の15年となりますが、それでも、意識的活用の範疇は超えてしまっているように感じられます。

では、どれくらいのスパンで考えるのが適当かと言いますと、古来から大体7年というのが、人間の成長の段階毎の大きな変化を表す単位として、日本でも西洋でも意識されていると感じられ、7年あるいは8年ごとに人間は変化を迎えるという考え方が、世界的に見てもスタンダードではないかと考えています。

そして、この7~8年という期間に相当するのが、進行の月の新月→上弦の月→満月→下弦の月という、進行での月の満ち欠けの周期を四分割した期間が該当することになるのだろうと個人的には考えており、この進行図における月の4態に即して、人生を俯瞰して考えてみるのがよいのではないか、と感じております。

一年の区切りというのも4分割ですし、ハウスシステムも四季と同様におおまかには4つのステージに区分されて考えられています。
一ヶ月の4分割と言えば、大体一週間と捉えうることや、1日24時間も、6時間毎に起床→昼食→帰宅・夕食→就寝、というような感じで、大きくは4つ位のステージの区切りが可能かと思えます。

4つに分割するというのは、時間的・空間的に人間の顕在意識で把握されやすい分割方法として普遍性を持っているようだ、ということは言ってもおかしくないだろうと感じられます。

ですから、わたしの個人的な感覚としては、進行の月の4態の時期毎に、その時々のサビアン度数を参考にして、およそ7年単位で人生の展開を意識してみるのが、非常に都合がよいのではないか、と考えているところです。

しかしながら、若い世代におかれては、7年というのは非常に長く感じられると思います。20台前半くらいまでは、3年位の単位で人生が展開しているというような感覚ではないかと思われます。
反対にそれが40代以降となりますと、今度は逆に時間感覚に間延びがして来て、あまり変化を感じなくなっていく傾向にはあろうかと思います。

けれども、若い時分でも大きな流れというものは、やはり7年のスパンで考えていかないと、大きな花は開かないのではないかと思います。
スポーツや芸事などにおいても、手をつけて2,3年で開花するような人もあるかも知れませんけれども、普通に考えれば、大きな物事を成し遂げたり、自分というものの下地をしっかり作り込むには、それなりの年月が必要になろうかと思いますし、また、年を取った方の場合であっても、変化が感じられないというのは、それは単に漫然と同じ境遇でいることに甘んじているに過ぎないのであって、そのような十年一日の如き過ごし方が、人間にとって本来的であったり自然であるとは考えられず、単に懈怠が生じて成長と変革を避けているに過ぎないと、自らを戒めるべきことであろうかと思われます。

さて、以上のようなことを基本的認識として持った上で、今、この進行の満月に際して、どのようなことを考えればよいのか、ということを考えてみたいと思います。

月と太陽という、極めてパーソナルな2大天体が正反する度数で向かい合っている場合、そこでは双方の間で膨大なエネルギーの交換作用が生じ、互いに賦活し合うことになるのではないかと感じられます。

p太陽の現在のサビアンイメージは、(PISCES 27 °): THE HARVEST MOON ILLUMINES A CLEAR AUTUMNAL SKY.(仲秋の名月が秋めいた澄んだ空を照らしている。)ということになりますが、進行の太陽は一年くらいこの度数にいますので、この一年間においては、精神的気分として大いにこのサビアンイメージの雰囲気を感じております。

しかし、ここで正反する度数に月があることで、太陽と月の間でエネルギーの強い交流が起こり、このサビアン度数のイメージは通常よりも遙かに強められて作用することになり、それは次の約7年というスパンの人生展開において、大きく影響をもたらしてくる可能性があるのではないか、ということが感じられます。

p月のサビアンは、(VIRGO 27 °): A GROUP OF ARISTOCRATIC LADIES MEET CEREMONIALLY AT A COURT’S FUNCTION.(宮廷の行事において儀礼的に交わっている貴族女性の一団。)ということですが、太陽の度数である魚座27度が、すべてやるべきことを終えて受け取るべき収穫を受け取って放心的な状態であるのに比して、乙女座の27度では、こなすべき自分の役割に徹底しているような、正反する内容のように感じられます。

乙女座の27度は、一般的には魚座27度のように、ある種優雅な寛ぎのひとときを過ごしているように解釈されるのが一般的かと思いますが、そうした表面的な雰囲気の一方で、宮廷の儀礼的な付き合いにおいて、水面下では激しい鍔迫り合いの緊張感を伴っているというようにも考えることができようかと思います。

女性らしさというものは、その内実に懸命な努力や緊張感があってはじめて、表面的な優雅さや優しさを保ち得ているというところがあり、水鳥が優雅に泳いでいるように見える一方で、その水面下においては、必至に足掻きをしているのと同様なところがあるのではないかという印象を、わたしは密かに持っているところです。

魚座27度はやはり弛緩的な内容と感じられますので、乙女座27度もそうだとなると、極めてしまりがなくなってしまうことになりますけれども、乙女座の持つ女性らしさというのは、母性的な受容性を表すものとは違いますので、のんびりとした寛容な雰囲気ではなく、緊張しやすい繊細さと生真面目な向上的努力心を持った性質であり、ここでも本質的には緊張的状態が示されているものであるというように考えたいと思います。

ということで、26年以上にわたるサラリーマン生活を終えて、正しくやるべきことをやりきって、毎日これといった目的も持たずにのんびりと放心状態で過ごしている一方で、今後の生活について、どのように体面を繕っていけばいいだろうかという、緊張感もあるということで、現在の状況にはこの進行満月のサビアンイメージは合っているのかな、と感じられます。

当面はのんびりしていてもいいのですけれども、やはりこれまでの生活レベルを極端に落としてしまうようなことになれば、体裁を保つことができませんので、そううかうかともしておられず、冠婚葬祭などの儀礼的付き合いも疎かにするわけにもいきませんので、それなりに生活をやりくりしていく意識をしっかり持たなければいけないと感じているところです。

経過の土星がちょうどスクエアの頂点となっていますが、土星のある射手座27度は、(SAGITTARIUS 27 °): A SCULPTOR AT HIS WORK.(仕事をしている彫刻家。)ということで、黙々と自分のなすべき仕事に取り組んでいればいいのだよと、pの太陽と月に対して補完的な内容のイメージを与えてくれているように思われます。

出生の火星もp月と合していますので、何とかしなくちゃという乙女座27度の心配に対して、乙女座28度の火星の実行力は、(VIRGO 28 °): A BALDHEADED MAN WHO HAS SEIZED POWER.(力を掌握したスキンヘッドの男。)ということですから、実力は十分培われているのだから問題ない、ということで、今後の自分に対する励ましがなされていると考えておくこととしたいと思います。

 

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