香椎宮に想ふ

香椎宮御由緒略記
「香椎宮は伊勢大廟(伊勢神宮)と共に廟号を以て他の神社と異なる特別な御崇敬を捧げられ、國家の大事に際しては必ず奉幣の勅使を差遺せられ国家の安泰を祈願された。」

仲哀天皇のご不幸なイメージと共に、廟と言えばお墓ということですので、以前は足を運ぶことがほとんどなかったのですけれども、最近は参拝に伺うようになりました。

香椎宮というのは境内の外の周囲に末社等が点在しているのですが、今日は自転車であったので、武内宿禰の子である蘇我石川宿禰を祀った、周辺住宅地の中にある印鑰神社へもはじめて行って見ました。
高良大社の印鑰神社には、武内宿禰本人が祀られていましたね。

 

 

こちらは本殿の左右に控える2社の摂社のうちのひとつ、中臣烏賊津大連命を祀った巻尾神社です。

いつも、「巻尾」という名前の由来が気になるのですが、今日は、左にある武内神社が神殿と並ぶくらいの位置であるのに対して、巻尾社は神殿より後ろ側に建てられているという点が気になりました。

 

また、巻尾社のお社の前に敷かれている白石も、あまり見たことのないものですので、今日は何となく気になったものです。
そして、それより前に、香椎宮の神木は拝殿の前の階段を降りたところにある綾杉であり、神殿の裏にも大きくて立派な楠の大木があるのですが、神木としてのしめ縄は張られておらず、本来は拝殿を通して拝むべき神籬が神社の前にしかない、ということに違和感を思えていたのですが、巻尾社の置かれている位置や白い鳥居と白石、そして「巻尾」というのが龍体を連想させることなどから、もしかしたら、この霊地の本来のご神体も一緒に祀られているのではないか、などとふと思いました。

近くにある古宮の位置などからして、元々はこの地では「不老水」とその後ろの山が信仰対象であったのではないか、という気がしたりもしました。※但し以前あった御飯(おい)ノ山という山は宅地開発で現在はなくなってしまったらしい、、、そりゃ不老水も枯れちゃいますね(^^;)
それで、不老水の祭神って何だっけと思いながらワクワクして向かうと、「不老水大明神」としか書かれていなくて、少々がっかりということになりました。

しかしながら、仲哀天皇がこの聖地を選んで宮居する以前には、おそらく水神が祀られていたのではないかな、という気がいたします。

巻尾神社の祭神である中臣烏賊津は、言わずと知れた中臣の祖であり、建御雷神でもありますが、実は、水神と雷神というのは、切っても切れない関係にあるようだ、ということが以前から強く感じられていました。
これについてははっきりとした根拠は示せないのですが、水神と雷神は非常に親近性の高い神であり、ある場合には同一神としても考えられるだろうということを、折に触れて強く感じることがあります。
それで、今日のような連想にも至ったわけであります。

古事記の仲哀天皇の段には、冒頭に「帯中日子(なかつたらしひこの)天皇、穴門の豊浦宮、また筑紫の訶志比宮に坐しまして、天の下治らしめき。」と明確に書いてありますけれども、筑紫の香椎宮も下関の元豊浦宮である忌宮神社も、ともに所在がはっきりしています。
そして、仲哀天皇はおそらく熊襲征伐の為にわざわざ九州へ来たわけではなく、その時に都はそこにあり、そこですべての政を行われておられたのだと考えなければ、「天の下治らしめき」などという言葉が冒頭で書かれる筈はないように思われます。

また、神功皇后に降ろされた新羅征伐のご神託というのは、「西の方に國有り。金銀を本として、目の炎耀(かがや)く種種の珍しき寶、多(さは)にその國にあり。吾今その國を歸(よ)せたまはむ。」というものですけれども、相手が攻めてくるから征伐に向かったというよりは、それらの国を平伏させ、自分たちの配下につけるとともに貢ぎ物をさせて、自分の国力を増強しようとの意図だったのではないか、と感じられます。

つまり、何らかの理由で朝廷が九州の地に追われていた。おそらくは出雲国などの勢力によって本来の都の地を占拠されていた。
そこで、自分の勢力を蓄えて巻き返す為に、朝鮮半島の国々を平伏させて財力や兵力を調達することで大和朝廷の国力を増大させた、というようなことが真相なのではないか、というように感じられます。

また、この頃から沙庭によって神託を得るという形で、天皇家の意志決定に積極的に関与するシステムを完成させた大臣らの存在というのも大変気に係る存在で、香椎宮というのは実に大きな歴史の秘密を握っている大社であると感じられます。

大宮司家も武内家や中臣烏賊津その他の中央氏族の4氏族の子孫(香椎四党)だけで担うこととされた辺りにも、何か隠さなければならない大きな秘密が、仲哀天皇の御崩御や応神天皇の出自等にあったのではないか、というようなことを連想させたりします。

 

朝鮮半島の情勢や中国の将来的な動向などを考えますと、今、香椎宮がその歴史の最初に置かれていた状況に近いようなものが、出てきているというようなことも言えるのではないか、と思えるところです。

自転車で香椎の近辺を回りましたけれども、バイパスの建設をはじめとして、やたらと不動産の建設ラッシュが目につきました。香椎宮周辺に未だに残っている歴史の色濃い佇まいが損なわれはしまいか、ということが大変気にかかった次第です。

風水とかを気にする方は多くいらっしゃるのではないかと思いますけれども、個々のご家庭の運気というのも非常に大切とは思いますけれども、実際に風水というものが影響力を持っているのだとすれば、地形を変えてしまうような開発行為が、どれだけ地域や国の運に影響が及ぼす可能性を含んでいるか、というような論点はあまり耳にしないですね。

でも、自然が死ねば神は間違いなく死んでしまうことでしょう。それは、人間もある程度肉体も鍛えていなければ魂も萎えてしまう、ということと同様に思えます。肉体上の健康も精神上の健康も、すべては霊魂の働きをまったきものにするためにこそある、ということを感じるこの頃です。

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