前風の時代 鎌倉時代に発達した思想と哲学

昨日の続きとして、前回の風の時代である13~14世紀のうち、日本の鎌倉時代に発達したものについて、少しく掘り下げて考えて見たいと思います。

Wikipediaの「鎌倉文化」を説明したページの一部には、次のような記述があります。
『家永三郎は、鎌倉時代の文化について、歌論の登場、史論の登場、民族宗教の理論化、哲学的思索を表現した随筆文芸、朱子学の伝来の5点を掲げて、一連の理論的著作群の出現を前代と比較した場合の一大特徴であると指摘している。』

上述の5点のうち、朱子学を除く4点について、具体的にどのようなものであったかを参考までに調べてみました。

①歌論すなわち純日本的伝統芸術に関する芸術論
・『古来風躰抄』藤原俊成
・『近代秀歌』藤原定家
・『無名抄』鴨長明
・『八雲御抄』順徳院

②日本の歴史観
・『愚管抄』慈円

③神道の理論書
・伊勢神道の『神道五部書』

④随筆
・『方丈記』鴨長明
・『徒然草』吉田兼好

鎌倉以前の時代の大きな流れとして、奈良時代と平安時代は概ね次のような感じではないかと考えます。
・水のエレメントの時代にあった奈良時代の天平文化においては、遣唐使などを通じて積極的に唐からの文化移入がなされ、宗教は鎮護国家を目的とする国家仏教中心の華やかな貴族文化であった

・次の火のエレメントの時代にあった平安中期の国風文化においては、それまでの外国文化の移入をやめ、日本的な文化の熟成がなされ、かな文字の使用が広まり女流文学が花開いた。

・平安後期は地のエレメントの時代となり、中央文化が地方に広く伝播し、貴族文化と庶民の文化交流が広範に見られるようになるとともに、次第に武士が貴族勢力を圧倒していった。

奈良・平安時代との比較としての鎌倉時代の特徴というのは、それまでの国家仏教から鎌倉新仏教6宗(浄土宗、浄土真宗(一向宗)、時宗、法華宗(日蓮宗)、臨済宗、曹洞宗)に中心が移り、宗教が民衆化された時代であり、貴族中心の文化から、武家と庶民中心の文化に移行した時期であるということであろうかと思われます。

方丈記や徒然草は、未だに日本人の現世観の原点であると感じられますし、道元や日蓮の思想などは、未だに日本人の精神的なバックボーンとして根強く活きているものと感じられます。

総じて言いますと、人生とは何か人は何故生きるのか、という事柄が、個々の人間のテーマとして明確に意識化され、生きることの価値の尺度として、様々な芸術論や歴史論、思想論が生み出された時代であったのだと思われるとともに、それまでは専ら国家体制の成立と維持に向けられていた関心が、個々の人生にも向けられるようになった時代ということが言えるのではないでしょうか。

と言うことで風の時代というのはやはり、人々の関心が思想や哲学、新たな価値尺度の創造など、より個々の内面的な方面の価値創造へと向かいやすい時代となるのではないか、と感じられます。

13世紀というと、世界ではモンゴル帝国が隆盛を極めて世界の四分の一を征服していた時代であり、日本にも二度の元寇がありました。

モンゴル帝国の世界史の中での位置づけというのも、勉強してみたら非常に面白いテーマではないかと感じられますので、やはり風の時代との関連性で考えて見たいのですが、そこまではちょっと手が回らないかも知れません。

前回の風の時代に確立された日本的霊性

 

 

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