啓蟄 魚座16度

今から24時間ほど経ち、3月6日の0時半頃を迎えますと、二十四節気の啓蟄となります

今日は非常に温かい1日となり、自転車に乗っていると軽く汗ばんでしまう程でした

そして明日は、全国的に天気が崩れるようです

このように温もりと水分とが与えられて、生命には蘇りの力が与えられるのです

啓蟄とは、冬の間に土の中に籠もっていた虫がモソモソと這い出してくるという意味ですけれども、確かに自転車に乗っていると、顔にバシバシと羽虫が当たってくるようなことが今日はありました(^^;)

昔で言う虫というと、蛙や蛇など比較的幅広い生き物が含まれており、実際にこの啓蟄の日に蛙が土から這い出してくるのを見たことがあります

魚座は浄化と蘇りのサインであると感じますけれども、啓蟄となり魚座もいよいよ後半に突入しますので、浄化よりも蘇りや再生の力の方が全面に出てくるという感じのところもあるのかも知れません

(PISCES 16 °): IN THE QUIET OF HIS STUDY A CREATIVE INDIVIDUAL EXPERIENCES A FLOW OF INSPIRATION.
(私訳):クリエイティブな人が探求の静けさの中でインスピレーションのほのめきを体験する。

創造的な人が静けさの中で何かを探し求め、そして霊感を得た瞬間が示されています

探求の闇の中においてほのめく霊感には、生命的な何かが宿っていることは間違いないでしょう

クリエイターにとってほのめく霊感とは、自身が表現すべきものの核となる力ある何ものかであり、やがて芽を出して成長しゆく植物の種子のようなものでしょう

クリエイターにとって、創造を行っていない時の自分というものは、丸で自分が死んでしまっている時間であるかのように感じられる筈です

そして、何らかの着想のひらめきが与えられることは、自分の中に生きるべき生を再び取り戻すということになるではないかと感じられます

では、対向する乙女座16度ではどのようになっているでしょうか

(VIRGO 16 °): IN THE ZOO, CHILDREN ARE BROUGHT FACE TO FACE WITH AN ORANG-UTANG.
(私訳):動物園で、オランウータンと差し向かいにされる子どもたち。

このオランウータンというのが、それと向き合わされた子ども自身であることを疑う余地はありません

自分という生命のある形を、魚座は自分の内深くに見出し、乙女座は自分の外に奇異な形で発見します

乙女座は自己というものを後天的に確立する、すなわち個としての完全性を後天的な形で身につけるというサインです

30度あるサインにおいては、15度においてピークを迎え、そこで折り返してクルリと反転することになります
そこで、これまでの視点とは反対側の着地点を目にした際に目に入る光景というものを、16度は表しているのだと感じられます

自己の完全性を後天的に作り上げようと必死になっている乙女座は、16度において、自分のイメージしていたものからはほど遠い、極めて粗野で不完全なままの自分自身の姿を見出すことになります

この、自分は至らない存在であり極めて不完全な存在であるという認識こそが、乙女座が生きるための様々なスキルを獲得し、いっぱしの完成された個にならんとするための強力なモチベーションである訳です

つまり形こそ違え、乙女座においても進むべき道が一種の反面教師的な形で突きつけられ、大いに触発されているのです

乙女座はここで完全な自己を完成させることを、再び強く意識することになる、ということが言えるのではないでしょうか

啓蟄を迎える魚座16度においては、生命が新たな目覚めを迎え、人間においても15日後に迎える春分点という活動のスタート地点へ向けて、何らかのモチベーションを得る必要があるのではないか、と感じられるところです

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