ノードについて サビアン・シンボルによる考察

今日は双子座にありますわたしのノードについて考えて見たいと思います

ノードと言いますと、太陽の軌道である黄道と月の軌道である白道が交わる交点であり、ノース・ノード(ドラゴンヘッド)とサウス・ノード(ドラゴンテイル)の向かい合った2点となりますが、この場所において太陽と月がコンジャクションないしオポジションの位置に来た場合に、日食あるいは月食が生じる場所ということになります

ノードは実体を持つ天体ではないけれども天文学上の重要な意味を持つ感受点であり、公転周期としては約18.6年で12宮を一周しますので、木星の約12年と土星の約30年の間くらいの周期となります

このようにノードの移動は大変遅く、例えば同じ度数には19日前後留まりますので、自分と同じ度数のノードを持つ人が、自分の誕生日の前後のその日数の範囲内に存在していることになります

と言うことは、このノードと言いますのは、プライベートな範疇を超えた集合的な事象に関わるポイントであることが分かりますけれども、太陽と月という個人に取ってもっとも重要な天体の交点であることを考慮しますと、ソーシャルなポイントと言う訳でもなく、比較的身近な集団に関わってくるようなポイントであることが考えられるところです

また、ノースとサウスで対向する軸を形成していることから、この双方は互いに陰陽対立的な要素を持ち、それでいてひとつの共通する課題を共有していることが考えられます

ヘッドとテイルのどちらがポジティブな肯定面でどちらがネガティブな否定面であるか、ということにつきましては、そうしたステレオタイプな見方をしてしまうよりは、対向し合うそれぞれのサビア・ンシンボルの意味合いからケース毎に考えていけばよいのではないかと思います

わたしのノース・ノードは双子座の23度にありますので、サウスは反対の射手座の23度ということになりますので、それぞれのサビアン・シンボルを確認してみたいと思います

(GEMINI 23 °): THREE FLEDGLINGS IN A NEST HIGH IN A TREE.
(私訳):木の高いところの巣にいる3羽の雛。

(SAGITTARIUS 23 °): A GROUP OF IMMIGRANTS AS THEY FULFILL THE REQUIRMENTS OF ENTRANCE INTO THE NEW COUNTRY.
(私訳):新しい国への入国要件を満たしている移民の集団。

双子座23度につきましては、手の届かない高い木の上に作られた鳥の巣にいる3羽の雛に対して、双子座の持ち前の好奇心が強く刺激されています

巣の中の雛たちは互いに生存競争をしていますので、この3羽のうちの何れかの雛は巣から落っこちてしまう運命にあるというのが、インスピレーションで閃いてきたイメージでした

要するに、その落ちてきた雛だけが、双子座の好奇心を満足させる研究対象となる訳です

双子座は何に対しても好奇心を抱きますけれども、それらを知的に深く探求するためには、対象をひとつに絞り込むということも必要な訳であり、ここで双子座は自分の得意分野や興味の対象分野というものをひとつに絞って選択することになります

一方、射手座の方は無制限な放縦主義的な場面が示されており、来るもの拒まずと言った射手座らしい鷹揚で小さなことに拘らない態度というものがよく表されています

射手座の研究対象と言いますのは、要するに部分ではなく全体であり、特に、人類全般を対象とした包括的なものとなります

これは医者や司祭といった存在が、決して患者や信者を選り好みするようなことをしない態度とも共通していると考えてよいのではないでしょうか

タロットカードの火と風のそれぞれのエースの図柄において、火は広がり行く拡散的傾向を持ち、風は反対に収束していく傾向を持っていることが分かりますけれども、風の双子座と火の射手座におきましても、同様に意識の集中性と拡張性という対比的な性質の違いがあるということになります

この柔軟の風と火の23度の軸におきましては、自分の興味や探求心を満足させる対象に、強く意識が向けられていることが感じ取れます

しかし、双子座は自分の興味や関心の対象だけに埋没してしまい全体性を見失い勝ちであり、何らかの専門に特化し過ぎてしまう嫌いがあるのに対して、射手座は相手を選ばない人道主義的な立場を取りますけれども、視野は広いのですが個別に対するきめ細やかな対応というような部分は抜け落ちてしまい勝ちになるでしょう

「木を見て森を見ず」という言葉がありますけれども、木だけを見ているのが近視眼的視野の双子座であり、森だけを眺めているのが遠視眼的視野の射手座ということになります

要するにこの軸においては双方の欠点を補完し合って、全体を見渡しながら個別の事象に当たることで、非常に適切で的を得た有効な物事の解決方法が与えられるという真理が表現されていることになるでしょう

さて、以上がサビアン・シンボルの基本的な読みですけれども、二つのノードがこの柔軟の風と火の23度で向かい合って軸をなす時、そこに一体どんな事柄が読み取れるのでしょうか

ノードは日食と月食が起こるポイントですので、ターニングポイントであるとともに意識が大きく転換するポイントとして考えられます

意識が転換するというのは、そこで大きな気づきというものが与えられるのだということです

ノードが集団との関係性を示すとすれば、ここでは集団の中で自分が生きていくために必要な気づきが与えられるポイントであると考えればよさそうに感じられます

集団の中で自分を活かすための気づきということは、集団の中で自分がどのような役割を担ったり振る舞ったりすればよいか、ということを表しているポイントであるということになります

もし、そうした役割意識のようなものが持てない場合は、集団の中で適応することができず、結果として自身の死活問題が起こってくるということになるでしょう

好むと好まざるとに関わらず、集団の中でつい背負ってしまう所与の役割意識ですので、それが宿命的なものやカルマ的なものとして意識されることは当然あるでしょう

わたしの場合は、万人に対して等しく恩恵を与える知的要素というものと、個々人が個別に抱える特異的事象に対する示唆といったものがイメージされ、集団の中において方向性の提示を行うことや、個別の相談を受けるようなことが、人との関わりの中で自分の役割意識として常に意識されてくる要素であると感じられます

また、これらのノードと天体のアスペクトですけれども、わたしの場合は出生の月がノース・ノードとオーブ2度未満でトライン、サウス・ノードとはセクスタイルを形成しています

ということは、わたしは周囲の人達の中で、何らかの役割を担わなければならないという感情や意識を持ちやすいのだ、ということが言えることになるでしょう

ということで、今日はごく簡単にノードについて考えて見たところです

 

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