夏至の太陽の意味とは

これは昨夕に蟹座にイングレスした瞬間の太陽です

写真としての出来はいまいちですけれども、太陽の持つエネルギーが瞬間的に変わったことが直視していたわたしには如実に感じられました

わたしはこれまでどちらかと言いますと冬至の太陽贔屓なところがあり、陽の極にある夏至の太陽についてあまり考えたことはなかったので、ふざけ半分で「如何なるやこれ、夏至の太陽の大意」と問いかけてみました

禅問答などではよく「如何なるや是、仏法的的の大意」という問いかけがなされますが、それに倣って夏至の太陽の持っている本当の意味とは何ですか、と問いかけてみたわけです

そして、「夏至の太陽とは母なのだ」とのメッセージが返されました

この一年のうちで最も日照時間が長く、日本最大の雨期をもたらす夏至の太陽は、万物を育み育てる母としてあるのだ、というのです

そう言われますと確かに、冬至の太陽にはわたしは父的なるものを強く感じていたことに思い当たりました

支配星が月である蟹座にイングレスした時の太陽は母的であり、支配星が土星である山羊座にイングレスした時の太陽は父的であるのだ、と考えることもできます

しかしながら、太陽自身に陰と陽のそれぞれの異なる姿があるのだと考えるべき必要性というものを強く感じたところです

西洋的父性原理的な社会においては、太陽の持つ父性的要素が偏って強調されており、タロットの大アルカナの第19番「太陽」などももっぱら父性の象徴として解釈されています

一方、母性原理が強い家族主義的な日本においては、「お母さんは太陽である」と感じられており、太陽神アマテラスも女神として祀られています

西洋占星術においても、西洋の父性中心的世界観が色濃く反映されており、女性の出生図における太陽の存在意義は極めて矮小的に捉えられているのではないかと感じられることがあります

しかしながら、太陽の持つ主体的意志を母性原理的な方面で発揮するという世界観を、本来的には母性が強い日本の文化においては十分に持ち得るのではないか、ということが考えられます

この夏至の太陽が象徴する母性というのは一体どのようなものなのかについて、少しだけ掘り下げて考えて見たいと思います

お母さんは子供を自分の子宮で育て、生まれた後も母乳を与えたり、食事を与えたりします

ある一面からは、母親の愛は即物的であるというように感じられますけれども、この母性が行っていることといいますのは、一言で言えば「霊の物質化」であるということが言えます

母なる体内に霊=魂が宿ってその衣としての肉体が作られるということは、正しく霊が物質化される過程そのものです

母乳というのはほぼ血液ですけれども、血液とはやはり霊が物質化したものの最たるものであり、その乳を与えるということは、やはり母親の霊的要素によって子供の肉体が養われるという形での霊の物質化の一過程と言えます

また、お母さんの作った料理や衣服などには愛情が籠もっていると表現されますけれども、母なる存在というのは物質に霊=気持ちを込めることができ、これもまた霊の物質化の一側面と考えられます

料理を作ったり子供の世話をやくようなことは機械的な面からだけ見れば父親にも同様にできるでしょう

けれども、そもそも子供を身籠もれず母乳も出せない父親に、同様の霊を物質化させるような働きというのはほとんど期待できません

霊の物質化という母性的働きを度外視するのであれば、仮に子供を人工の子宮で育ててロボットが面倒を見る、というようなこともそのうち許容されてしまいそうですが、正直言って霊の物質化によって心身の基礎を養われなかった人間が、その後正常に成長するとは到底考えることができません

日本では「7歳までは神のうち」と言われ、シュタイナー教育では「7歳までは夢の中」と表現されていますけれども、要するに心身の基礎が調うこの時期までは、母親による霊の物質化が盛んに働くことによって、子供に人間としての基礎的部分が漸く備わるのだ、ということになります

人間の子供というのは、7歳までの時期は心身の基礎部分の形成のために、主に母親からの霊の物質化の作用によって育てられなければならず、霊の物質化というのは端的に言えば万物に愛情を注ぐことに等しいものです

子供というのは、母親が丹精込めて創り上げた作品のようなものなのかも知れません

しかし、最近では、この段階に至る前の子供に様々な英才教育的なものを施したりします

このような教育というのは、母性原理とは相反する父性原理に基づく、「物質の霊化」という段階になります

ここでは何かの役に立つことや成果を上げることなど、機能的・能力的側面といった働きに関する部分が重要視されてきます

人間というのはただ存在するだけでは無価値であり、何かの役に立って何らかの価値を作り出すことが必要であると見なされます

この地上世界においては、霊が物質の次元に現れていますので、まず第一に母性による霊の物質化が完全になされていることが必要前提条件となります

霊の物質化によって、霊が物質の次元で完全なる形態を整えた後、今度はその肉体という物質次元のものを使って、今度は精神的=霊的働きを行う段階にはじめて移行することができます

けれども、心身の基礎が調わない段階で、この物質の霊化段階の教育を施せば、心身の基礎の形成を著しく損なってしまう結果だけが招来されることになると考えられます

まだ自分自身の基礎を作っている段階においては、全面的な愛と受容的精神とが必要なのであり、ここに競争原理的な要素を持ち込んでしまうことで、人間は基礎的部分の形成途中でひどく傷つけられ損なわれてしまうことになります

日本の神話で言えば、イザナミとイザナギが一緒に産み出したもの、すなわちイザナミが産んだものということになりますが、これらは自然霊(神)、物質霊(神)であり、自然の持つ働きや万物を産み出す霊の物質化的段階にあるものが産みなされました

火の神を産んだせいでイザナミが亡くなるということは、火を手にしたことを契機として人間は自然界を離れて、独自にそれとは異なる人為的世界を自分たちの手で造り出す段階へと移行するということです

そして、イザナギが禊ぎをしてひとりで産み出した神々というのは、人間の精神的な作用や働きを表す物質の霊化に関わる段階のものであり、それ故にアマテラス・ツクヨミ・スサノヲの三貴神を代表とするような人格神的な性質を帯びてくるのだ、ということが分かります

アイキャッチにも載せたこの写真は、蟹座イングレスから10分少々経った際の夕景ですけれども、長い髪の母的存在が我が子を包み込もうとして両腕を広げている格好の様のようにも感じられます

この夏至の母なる太陽の時期におきましては、母親が幼子を慈しむように、自分自身を愛し、慰め、労り、励ますことを意識することがよいのではないかと感じられます

昨今は母性的なものが非常に損なわれ勝ちであるとともに、父性的要素の過剰さが、人間から心の豊かさ、自らを信じる強い心などを損なわせており、そのために精神的に脆弱で病的な状態が蔓延していると感じられます

何かの役に立たなくても、何かが出来なくても、それ以前にお前がお前として存在すること自身が既に尊いことなのだと夏至の太陽は告げています

我々を地上において産み育てたのは、この夏至の太陽の霊の物質化の働きを受けた母なのであり、今ここにある自分というものが存在していることそれ自体に大いなる感謝の気持ちを抱いて元気に過ごす事が、自分を産みなしてくれた天の働きに対する一番の報恩となるのではないでしょうか

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