<タロットの基本的考え方と活用法について>

>使用カード
マルセイユ版であるカモワンタロットをメインに使用しており、その他のマルセイユ版もたまに使用します。ウエイト版も所有していますが、現在はまったく使用していません。

>使用方法
現在は毎朝、もっぱら自占として、5枚引きのオリジナルスプレッドを引く形で活用しています。

>使用心得
タロットカードを使用する目的は、主に数霊から得たインスピレーションによって、人間としてのより本質的で永遠なる部分に根ざした生き方からのズレを軌道修正するために使用しています。
現実生活を日々送る中で、とかく顕在意識上の思考が認識の主流となってしまい勝ちとなりますが、通常の思考では捉えることのできない、比較的中長期的なスパンの傾向が意識できるよう、日々確認を行う必要があるためです。

ちょっと分かりづらい表現だったかも知れませんが、通常、人の関心というのは、顕在意識で捕らえうる物事の得失や伸長・縮退といったことがメインの関心事となっていると思います。
しかし、如何なる些事であっても、それは宇宙的規模で生じる大きなスパンのサイクルというマクロなリズムをはじめとする、様々なスパンのリズムが複合している中で起きています。
ですから、物理的・即物的な短期のスパンでしか物事を捕らえることができないと、より物事の本質である大局的な観点から観た真実性というものをまったく失ってしまうことになってしまいます。
ただ眼前の利害や得失のことだけを考えるのであれば、おそらく占いなどの神秘主義的なメソッドを活用するよりも、より確実なスキルは他にも沢山あるでしょうし、それらの方が遙かに確実で有効であるように思われます。

それでも、人は現実的な利害・得失に関する物事に関しても、何かしら神秘的なものの助力を求める傾向があります。しかし、こうしたことは冷静に筋道を考えれば、非常にナンセンスなことであると、ハッキリ言わなければなりません。何故なら、眼前の些事が生じることの意味合いを、自己の中長期的成長過程の中で意味づけたり理解するという、いわゆる悟り気付きというものと正反対のものとして、神秘的な価値観を援用し、卑近な自己肯定に利用しようとするものだからです。
少々手厳しい言い方をすれば、こうしたことは神聖なるものの冒涜行為であり、神なるものを即物的次元に引き下ろそうという不健全な企みに他ならないということになるでしょう。

タロットカードによって示されるものは、あくまでも象徴に過ぎません。象徴に具体的な意味を求め過ぎることは、象徴の持つ広範で深遠な意味合いを薄め、果ては象徴としては無意味な、非常に現実的で限定的な意味合いのものに落とし込んでしまうことになってしまいます。

かといって、象徴が象徴のままとしてしか存在しないのであれば、それを現実生活において活用するということもままならなくなってしまいます。

では、どうすればよいのかということですが、それは日々象徴から印象を受け取ることを通じて修練を重ね、象徴の持つ広範で深遠な世界に、自己の精神を遊ばせることに習熟するということが必要となります。

拙速にしか物事を求めないのであれば、目先の物事の消長に一喜一憂するだけの、まことに浅薄で味気ない人生となってしまうでしょう。自己という存在の持つ深みである本質的部分に根ざそうという何の試みもなさないのであれば、それは人間性というものを軽んじて、物質的次元だけを尊重して生きるということになります。

そうした生き方は嫌だという方は、何らかの形で神秘主義的な何かを人生に取り入れようとするでしょう。けれども、ちまたにおいて流布されているオカルティックな物事の多くは、一般消費者のニーズに即したものとして、本来的在り方から遠ざかってしまっているようなものが多く、そのため、より真実なるもの、より永遠なるものを求めていた筈の人間を、かえって物欲的な次元に閉じ込めてしまうような傾向を持っているということに注意が必要ではないかと思います。

(2017年7月26日)