「立春大吉」 & 水瓶座16度の新月
①2018年10月9日 天秤座16度 「寒露」
②2018年11月8日 蠍 座16度 「立冬」
③2018年12月7日 射手座16度 「大雪」
④2019年 1月6日 山羊座16度 「小寒」
⑤2019年 2月5日 水瓶座16度 「立春」
⑥2019年 3月7日 魚 座16度 「啓蟄」
⑦2019年 4月5日 牡羊座16度 「清明」
今日2月3日は節分でした
節分に家や身体の中の悪いものを全部追い出して、いよいよ明日の立春を迎えます
昨年は幾度も厳しい寒波に見舞われる厳冬でしたけれども、今年は寒波らしい寒波もないままに、ここ福岡では昨日と今日は外で歩いていて汗ばんでくる程となり、既に本格的な春の到来が近づいていることが肌で実感されています
立春を明日の正午過ぎに迎えました後は、翌5日の早朝には同じ水瓶座の16度のポイントにて新月を迎えます
7回連続して迎える各サイン16度の新月の5度目となりますけれども、この一連の新月の果てに日本は御代替わりを迎える訳であり、5度連続する各サイン1度の満月とともに、月の朔望が繰り返される度に、時代の大きな変動のうねりの真っ只中に世界が立たされていることが実感される出来事が起こり、予てから言及している戦争の可能性も一段と明確に高まって来ているところです
今回の立春と新月を迎えるポイントとなります水瓶座16度につきましては、昨年の立春の際の記事を下に引用させていただきます
サビアンシンボルでみると、立春は水瓶座16度となり、ルディア版では次のような内容です。
(AQUARIUS 16 °): A BIG BUSINESSMAN AT HIS DESK.
(私訳):仕事をしている大実業家。そして、対向する獅子座16度、そしてその他の不動星座の16度も関連するものとして下に並べてみます。
(LEO 16 °): THE STORM ENDED, ALL NATURE REJOICES IN BRILLIANT SUNSHINE.
(私訳):嵐が過ぎ去って、すべての自然がまばゆい日の光に祝福されている。(TAURUS 16 °): AN OLD TEACHER FAILS TO INTEREST HIS PUPILS IN TRADITIONAL KNOWLEDGE.
(私訳):年老いた教師が、伝統的な知識によって生徒の興味を失せさせている。(SCORPIO 16 °): A GIRL’S FACE BREAKING INTO A SMILE.
(私訳):少女の表情が思わず笑顔になる。この不動星座の16度に共通してみられるのが、緊張から弛緩へ、あるいは弛緩から緊張へと移るターニングポイントである、ということが分かります
タロットカードでは16番の数字を持つカードは「塔」というカードですが、これも崩壊と祝福の両極端を示すカードとなります
ウエイト版ではもっぱらネガティブな意味を取るようですけれども、わたしの使っている古いマルセイユ版では、カードの名前も「塔」ではなく「神の家」と呼ばれ、むしろポジティブな意味を主に取ります
そのことを踏まえて立春を示す水瓶座16度を読みますと、正反する獅子座16度においては明らかに緊張からの解放が示されていますので、水瓶座においてはその反対に、どちらかと言えば弛緩から緊張が示されている内容であると想像できます
明確に言えば、水瓶座らしい現実離れした理想を追いかけていたのが、はたと現実に向き合う必要性を感じた、ということを表しているのだと感じられます
ピークである水瓶座15度のサビアンシンボルは、『フェンスに留まった二羽のラブバード(ボタンインコ)が幸せそうにさえずっている。』というものですから、やはり夢の世界から現実に引き戻されたような感じがあるのではないかと感じられます
大寒になって本格的な寒波に見舞われ、思わず身構えて精神の力を奮い起こすのですけれども、それが15度でピークに達した直後には、意外にも春の訪れが近いことに気づいて、現実的な着地点というものを俄に意識しなければならないことになります
立春を迎えるに際しての注意点としては、やはりそろそろ春に備えた心づもりが必要だということになります
今は寒風に吹き付けられて、思うように活動が出来ませんけれども、いざ陽気が暖かなくなってきた時に、いつまでも炬燵で温々と暖をとっていたような冬のあり方ではいけない、ということです
2週間前の大寒の際には水瓶座1度の太陽と獅子座1度の月による満月があり、この際に日本からは観察出来なかったものの皆既月食がありました
通常、日食や月食の前後数日の間には、よく株価や通貨などの大きな変動が観察されたりしますけれども、この時の皆既月食に関しましては、世の中の動向を注視していましたけれども明確なアクションは引き起こされなかったのではないかと感じています
非常に大きなエネルギーが、現実世界において素直に現象として顕れて来ることがなかったということは、チャージされたエネルギーが放出されることなくそのまま溜め込まれているということを意味するでしょう
エネルギーの放出は、じわじわとゆっくり解放される場合もあるでしょうけれども、次の機会に更にエネルギーがチャージされた上で一気に現象化する可能性というものも当然考えられます
今年の7月3日には先月の月食のように日本からは観測できないものの皆既日食があり、7月17日には部分月食がありますので、こうした時期には注意をしておく必要があるかも知れません
さて、少し話が逸れましたけれども、今回の新月では、2週間前の大寒の際に水瓶座1度の太陽が志した精神的な理想が、この水瓶座16度においては実現に向けて着手されなければならないのだ、ということが言えるのではないかと感じられます
この時の水瓶座と獅子座の1度の軸上で生じた満月の意味に関して、「戦争か平和か」といった極端な対立概念が衝突し合うようなイメージで捉えたところです
そして、この水瓶座16度の新月では、気高い理想実現のために、忘我の境地で無心に現実的なアクションに取り組もうとする人間の姿が「仕事をしている大実業家」としてイメージされているのではないかと感じられます
無法な暴力に対しては、やはり武力を持って抗するより仕方がありませんけれども、その武力行使に際して、それが高潔な気高い理念の下に行使されるのでなければならないのは当然のことです
日本は国際世界の中で、あらゆる分野で強さを発揮していくようにこれからも益々なっていくかも知れませんけれども、そこには実力相応の気高い精神性というものが伴われていなければなりません
そうした理想の実現について、頭の中で思い描いている段階で済ませてしまうのではなく、実際的アクションに基づいてその実現に勤しむ努力が求められているのだ、ということが今回の新月において暗示されているのではないか、というように考えておきたいと思います