セプタイルについて

円周を7分割した51.4285714・・・のアスペクトであるセプタイルについて、今日は着目してみたいと思います

このアスペクトは、ひとつには数霊の7に強い関連を持っているわけですけれども、7というのは一桁の奇数の中では最も激しいものと考えられています

その上の9は、一桁の中で最大の奇数ではありますものの、9は3で割ることができることから、奇数としての性格以外にも、偶数的な要素も持ち合わせており、そのため両性具有的な数字であると考えられています

両性具有であるというのは、状況によって能動・受動のどちらにも働き得るということもありますけれども、陰陽未分の状態とも、陰陽という対立概念を超越した立場とも考えることができるでしょう

さて、7関連の数字と言いますと、タロットでは7番の戦車や17番の星のカードが相当します

これらはともに非常にポテンシャルの高いものであり、戦車においては物事への挑戦的態度、星においては大きく環境を変えるほどの幸運の招来や祝福への期待感などに関連しているでしょう

また、7という数字は円周の360度を7で分割しても割り切ることのできない唯一の一桁の数字でもありますので、この世の次元とは異なる、7で割り切ることができるような別の世界の円周に接しているものと考えることができますので、異次元との間の何らかの交流というものが意識されて来ます

そのような意味では、7は奇跡の現出というものと無縁ではないものと考えられます

しかし、大きな成功や変革、奇跡の招来というものが生じることは、確率的に言えば頻度が低くなりますので、7関連のアスペクトであるセプタイルにおいては、人生をはじめとするあらゆる物事に対する期待感の高さや奇跡を信じる上昇志向や変革心などの強さなどの傾向として現れるだろうと考えられます

このセプタイルにつきましては「宿命」というものと関連づけた説明をよく見受けられますけれども、それは自分との隔たりを感じる対象に強く惹きつけられ、それに到達することを切望する気持ちや、対象に対する期待感が非常に強く感じられるという7という数霊と関連したものであり、成功率としては決して高いと感じられないことが、かえってそれを得たときの幸福感や達成感が素晴らしいものとして感じられるが故に、所謂「宿命的」な物事との関わりがあるというように受け止められているのではないかと考えられます

さて、セプタイルのオーブは通常1度以内ですけれども、わたしの出生図にも海王星と火星との間にこの配置が見られます

この海王星と火星との間のセプタイルの関係性が、ちょうど秋篠宮殿下の出生図にも見られますので、それぞれのサビアン度数の相違を踏まえまして、セプタイルがどのような影響を及ぼすアスペクトであるかについて、考えて見たいと思います

まず、わたしの方は蠍座20度の海王星と乙女座28度の火星によるセプタイルとなります

(SCORPIO 20 °): A WOMAN DRAWS AWAY TWO DARK CURTAINS CLOSING THE ENTRANCE TO A SACRED PATHWAY.
(私訳):女性が聖なる小路への入口を閉ざしていた二つの暗幕を引き開ける。

(VIRGO 28 °): A BALDHEADED MAN WHO HAS SEIZED POWER.
(私訳):力を掌握したスキンヘッドの男。

海王星の方の蠍座20度は、蠍座の深い感情感覚が、潜在意識の入口にまで深く到達したことを表しており、集合的意識とのコンタクトを意識的に行うことができる精神状態へ辿り着いた段階を示していると考えられます

火星のある乙女座の28度というのは、乙女座が追い求めてきた後天的な個の確立が完成する段階であり、後天的に高められた技能や実務能力などが最大限の形で発揮され、一種の潔癖性的な性質も帯びてくるものと考えられます

海王星というのは、そもそもが集合的無意識の領域を表しますので、これが蠍座20度にあるということで双方の意味合いは相乗効果的に強まっている状態であると考えられます

その海王星から火星がセプタイルでリンクづけされているということは、この人の対外的に表される言動というものが、すべて無意識的世界からの衝動に突き動かされたものであり、乙女座28度の火星はかなりの几帳面で潔癖な態度で、その物事を完遂しようとするでしょう

分かりやすい表現をすれば、この人はいつでも夢みたいな事を思い描きながら、世間から考えれば実現の可能性が極めて乏しいことの実現ばかり夢見て夢中で実行しようとしている、というところでしょうか

7というのは非常に高いものや遠くにあるものを強く希求してやまない性質ですので、それらは容易に実現されることはなく、むしろ容易に実現可能なことや世間にありふれた物事には、関心が向くことはないでしょう

けれども本人は、夢を追いかけることに夢中になっていることに意義を感じているので、さほど結果には拘らないようなところがあるでしょう

この人と言いましたけれども、わたしの事なのですけれども、わたしは正しくそんな感じで、人から無謀と言われるようなことが非常に好きであり、神仏の世界が実在しているかのように認識しているし、神仏が望むことを実現したいと考えながら、いつも無謀で結果の出ないことばかりに身を投じています

社会をリタイアしたことも、本気になって霊性本位の生活をするのだ、と息巻いてのことでしたけれども、これといって結果が出せる当てもないのですけれども、ただ、そう思って生きていることに生きがいを感じるので、それで不幸ということはまったくありません

続きまして秋篠宮殿下ですけれども、殿下におかれましては海王星が蠍座の21度にあり、それとセプタイルの関係にある火星が山羊座の12度にあります

(SCORPIO 21 °): OBEYING HIS CONSCIENCE, A SOLDIER RESISTS ORDERS.
(私訳):自らの良心に従って命令に反抗する兵士。

(CAPRICORN 12 °): AN ILLUSTRATED LECTURE ON NATURAL SCIENCE REVEALS LITTLE-KNOWN ASPECTS OF LIFE.
(私訳):自然科学の講義のイラストが、人生のよくは知られていない面を明らかにする。

わたしと1度違いの海王星のある蠍座21度では、20度の段階で集合的無意識とコンタクトした結果として、人間の良心、本心と言うべき崇高な感情が湧き上がり、その内なる声に従うことを強く決意する段階に至ります

山羊座12度は、気づきに関わりのある度数であり、環境と対峙した際に、まずは冷静に物事の価値を見出す慎重な態度というものを持っています

これは組織を経営していく上で、役に立つ人材を適材適所的に見出して登用することや、効率的な運営を行うための組織編成において、部署毎の役割と連携について、それらが有効に機能するシステムを見出すことに努めます

山羊座らしい物事を進める際の慎重さや堅実さというものが伺えると感じられます

対向する蟹座12度におきましては、(中国人の女が、そのオーラが偉大な教師の生まれ変わりであることを示す赤ん坊の面倒を見ている。)となっており、中国人の家政婦には、自分が世話する赤ん坊が偉大な存在であることがまったく気づけておらず、極めて無頓着な状態にあると感じます。

蟹座においては、家族関係というものがお互いをあまり深く詮索し合わずに、感情の絆で無条件的に結び合うことを良しとしています

一方、山羊座的な社会においては、組織に入るにも入ってからも厳密な選別と管理がなされ、評価に値する者だけが生き残れるような世界となっていることと対照的です

以上のことから、秋篠宮殿下は極めて正義心が強く曲がったことはお嫌いな性質であるのではないか、というように感じられるところです

ご自分に対して厳しいというよりも、周囲の方々に対してはそのような感じなのではないでしょうか

本心や良心といったところに発しているのですけれども、忠言や注進といったことを決して疎かにできないところがあり、お身内に対しては耳の痛いことや耳に逆らうようなことでも、言わずには居られない、要するに小言が多いようなところが、性格の一端としてお強いのでは、と想像するところです

セプタイルですので、普通は言っても仕方ないな、と感じれば黙って見守るのですけれども、言ってみたところでどうしようもないところまで、とにかく口にしないでは済ませられず、それが相手に対する非常に強い忠義心や慈悲心から発しているのですけれども、相手からは少々しつこくて口うるさいな、と思われるような感じになるのではないかと想像するところです

次回はこのセプタイルを3つも持っていらっしゃる、紀子さまのホロスコープについても触れてみることにしたいと思います

セプタイルについて2 ~紀子妃殿下~

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