春分 & 1度の満月 (春分図)

21日早朝に太陽は牡羊座にイングレスして24節気の「春分」を迎えます

そして、その後4時間足らずで牡羊座1度の太陽と天秤座1度に位置する月によって満月が生じます

昨年の11月から、5連続で迎えた各サイン1度での満月もいよいよ今回で最後となります

①2018年11月23日 射手座・双子座1度 「小雪」
②2018年12月23日 山羊座・蟹 座1度 「冬至」
③2019年 1月21日 水瓶座・獅子座1度 「大寒」
④2019年 2月20日 魚 座・乙女座1度 「雨水」
⑤2019年 3月21日 牡羊座・天秤座1度 「春分」

満月というのは、太陽と月という陽と陰を代表する2大惑星が相反して向き合う形をとる訳ですけれども、太陽と月というのはそもそも陽と陰という相互補完的性質を持ち、満月においては陽の発するエネルギーを月が正面から全面的に受けてそれを反射するという、最大のアクションに対する最大のリアクションがあるという、極めて創造的な働きを持ちます

また、向かい合ったサイン同士というのも相互に相反する内容を持ちながら、同時に相互補完して共有する課題を成就させる力を持ちますので、向かい合った太陽と月によって形成される軸の持つ意味において、共有される課題を成就するための極めて強い力が働くものと考えられます

(ARIES 1 °): A WOMAN JUST RISEN FROM THE SEA. A SEAL IS EMBRACING HER.
(私訳):海から上がったばかりの女性をアザラシが抱きしめている。

(LIBRA 1 °): IN A COLLECTION OF PERFECT SPECIMENS OF MANY BIOLOGICAL FORMS, A BUTTERFLY DISPLAYS THE BEAUTY OF ITS WINGS, ITS BODY IMPALED BY A FINE DART.
(私訳):多様な生態系の完璧な標本として、蝶が美しい羽を見せながらピンでその身体が留められている。

まず、牡羊座の最初の度数である1度においては、この世における存在の出現というものが鮮烈な形で暗示されています

そして、正反する天秤座の1度においては、存在の客観的証明というものが完璧になされた姿というものが暗示されています

牡羊座1度においては、主観的立場において自らが存在することの実感を様々な形で確かめていくチャレンジの始まりがあり、天秤座においては、他者や社会という客観的視点に基づいて、自己というものが最も完璧な姿で自己表現されることへの強い憧れがあります

自己を内から照らす光と、自己を外から照らし出す光というような、主観と客観という相反する視座における正反対のアプローチ方法においてではありますけれども、ここでは自己の存在の証明という共通する課題が双方において意識されています

この世的な世界におけるすべての始まりを意味するこの牡羊座1度の太陽の光が、この世的世界における存在の完璧な形での証明を志す天秤座1度の月によって反射されるということは、存在に対する二重の意味での祝福がそこにあるのだ、と考えることも出来るでしょう

つまり、この春分点というのは、この世的な物事をはじめるには最適なポイントであるのですけれども、天秤座というのはそのスタートに対するゴールでもある訳であり、今回の満月においてはじめられたことは、はじめからその完成された姿が約束されているようなものと考えられるかも知れません

また、今回の満月におきましても、前回の啓蟄の際の新月の際と同じように、最終的な牡牛座イングレスを果たして、いよいよ本格的に牡牛座的変革の力を発揮しはじめた天王星とオーブなしのアスペクトが形成されます

前回の新月におきましては、魚座16度において合した太陽と月に対して、牡牛座1度の天王星がセミスクエアという8分割のアスペクトをオーブなしに形成していました

そして、半月後の今回迎える新月におきましても、未だ牡牛座1度に留まっている天王星が月に対しては150度のインコンジャクト、太陽に対しては30度のセミセクスタイルをオーブなしに形成しています

ということで、今回の満月も前回の新月同様に、牡牛座イングレスしたての天王星からの強烈な影響を受けているものであるということが考えられます

太陽と天王星に関しましては、春分図におきましても同じ配置となる訳であり、30度というのは360度の12分割、すなわち12の数霊に関連しているものと考えられ、タロットの大アルカナの第12番「吊された男」の持つ意味合いを参考にすることができます

これはすべての動きを封じて内省に徹するというような意味合いのカードですけれども、12というのは一旦、個というものを捨てて全体性や集合性へと回帰するというような意味合いとしても考えられるでしょう

また、次なる行動の前の綿密な準備や計画段階、といったような捉え方もできます

春分図におきまして、牡羊座1度の太陽は、牡牛座1度の天王星から、天王星の持つ変革意図に関する熟考を迫られるとともに、その変革に備えた準備を命じられているとも考えられます

つまりは、今年、世界の首脳達は、天王星が志す金融や土地所有に関する変革意図を実現するための具体的方法論について熟考を迫られるというような流れが考えられます

今年の春分図というのは、勿論来年の2020年の大変革の流れの準備的段階として捉える必要がありますので、来年想定される様々な混乱や争乱に先だって、その後の落ち着き先について各国首脳は今年大いに脳みそを働かせる必要があります

戦争的状態がはじめられるに際しては、あらかじめ争乱後の新しい秩序というものが既に想定されていることが必要であることは言うまでもなく、今年は来年の大混乱の後に世界が新たに立ち上げる世界秩序の新しい形について、水面下において主要国の間で合意がなされていく段階にあると考えられ、今回牡牛座にイングレスした天王星が、連続した新月及び満月において、執拗に太陽に対する影響力を行使する位置取りをしていることには大変意味深いものを感じるところです

さて、一方で今回の満月に話を戻せば、天王星とインコンジャクトの関係のある月に対してはどのような意味合いが想定されてくるでしょうか

150度という中途半端な度数に関しましては、これを数霊的な考えを当て嵌めることは困難であり、通常言われているようにサインにおける2区分及び3区分、4区分の何れにおいても共通性を持たないエレメント同士の、所謂すれ違い的な関係性を意味するとしか考えられません

しかしながらこの度数は、尽きることのない情熱や飽くことなき探求心というものと関係していると感じ取られることが多くあります

人間が真に情熱を燃やす対象とは、どれだけ追究しても決して手にできないようなものである場合が多くあり、決して辿り着けないような目標であるからこそ、ありったけの情熱を尽きることなく注ぎ込むことができるのだ、ということであるのでしょうか

ともかく、満月の月と言いますのは太陽とのパートナーシップを最大限に発揮する状態であると考えれば、天王星とセミセクスタイルを形成して天王星の意図の実現を熟考する太陽に対して、夫の力を通じてのみ実現が可能となる、その現実的な実現力に対して、強い期待で信じ続けながら密かに見守るというような位置取りと考えるのが適当であるのかも知れません

月は天王星に関して直接アクションをとることが許されない立場であるものの、天王星に託された願望の成就をすべて太陽に託するような配置であるというようなことです

これは、新時代の幕開けに関しては、やはり民衆が主体となるというのではなく、あくまでも政権の英断に身を委ねる立場をとるということ、しかしながら、民衆はそれとまったく無関係な訳ではなく、見えない心理的な部分では月は太陽と同等の立場で関与し、月が真に望む方向で太陽が物事を決断することを強く求めているとも受け取れます

春分図におきましては、射手座24度の木星と牡牛座24度の火星もまた、オーブなしにインコンジャクトを形成しています

(SAGITTARIUS 24 °): A BLUEBIRD PERCHED ON THE GATE OF A COTTAGE.
(私訳):小屋の入り口にとまっている青い鳥。

(TAURUS 24 °): AN INDIAN WARRIOR RIDING FIERCELY, HUMAN SCALPS HANGING FROM HIS BELT.
(私訳):腰のベルトに人間の頭蓋骨を吊り下げたインディアンの戦士が猛々しく馬に跨がっている。

この二つのサインの同じ度数を見比べた時、一見したところは如何にも相容れないもの同士であるように感じられますけれども、それこそ正しくインコンジャクトの関係性というもものが示されているのだ、と感じることもできます

24という数霊に関しましては、私には極めて平穏で調和の取れた永遠性とも通じる状態として感じられることが多いと感じられます

射手座の24度に関しましては、射手座の楽天的な気ままさといった雰囲気が強く伺えますけれども、一方の牡牛座に関しましては厳めしい雰囲気が漂っています

人間の頭蓋骨というものが不穏さをイメージさせるからですけれども、私の解釈としましては、この頭蓋骨とは一種の身を守るお守りのようなものとして受け取っています

このインディアンは、祖先の霊によって強固に守られた自分たちの聖域でもある安住の地におり、その地の境界付近において猛々しい姿でその土地を守っている姿であるように感じられるのです

そこから先に部外者が足を踏み入れようとすることは、同時に死を意味するような雰囲気ですけれども、逆を言えば、インディアン達にとってはそれだけそこが安住できる土地でもあることが保障されているのだということです

木星と火星の位置取りからすれば、射手座にいる木星というのは物事を拡大・拡張させるための膨大なエネルギーに充ちている訳ですけれども、インコンジャクトに位置する火星には、それをダイレクトに受け取ることができない位置関係にあると感じられます

しかしながら、それは火星自身が燃える性質であることを考えれば、むしろ自らが燃え立つための強い衝動を与えることになるのではないかとも考えられます

外交と軍事というものの関係性が、一方の手では握手を求めながら、もう一方の手では握り拳が振りかざされようとしている、というような構図のイメージというものが、このオーブなしのインコンジャクトの関係性にある木星と火星によって想起されはしないでしょうか

インコンジャクト的な相容れない形の行動様式を木星と火星のそれぞれが取り、木星は射手座24度の幸せの青い鳥を匂わせますが、火星は牡牛座24度の厳めしい態度で強烈に相手を威嚇して萎縮させようとしています

各国が様々な思惑において飴と鞭を使い分けるような外交に明け暮れるような一年となるのかも知れず、新しい基軸通貨のあり方や各国の領土地図の塗り替えなど、来年以降の新たな世界秩序における優位性の確保に各国は躍起となるのかも知れません

満月の方に話を戻せば、このタイミングではじめたことは結果が出やすい、というようなこともありますけれども、お互いを最高に活かし合うことの出来る最適なパートナーというのも見つかりやすいことになるかも知れません

少々長くなりましたので、この辺にて

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です