大愚良寛の和歌 ~焚くほどは・・・~

「焚くほどは風がもて来る落ち葉かな」 良寛

大愚良寛禅師の残された歌の中で、自分は若い時分からこの和歌に特別強い印象を持っています。

もともと自分には極めて厭世的な気分が若い頃から随分強くあったのかも知れません。それで二十歳前後の頃は禅語録やその解説書の類ばかりを読み耽っており、出家願望というのも根強く持っていました。

この歌が自分の心に深く刻み込まれたのは、おそらくは小学生とかそのくらいの頃からではなかったかと思います。以来、良寛さんのように俗世を離れて気ままに暮らしたとしても、何とかなるんじゃないか、というような思いが心の何処かに常にあったのではないかという気がします。

しかしながら、父は早くに他界しましたし、幼時から母と二人三脚で歩んできたような人生であり、その母を幸せにして看取るまではという気持ちが当然ながら強くあり、世の中のしがらみの中を長く歩んで来た次第です。

7年前にその母を短い介護の末に看取った後は、家族も持たない自分には、独り身には余る額の収入のために、世の中のしがらみの中であくせくして生きることには、これ以上は精神的に耐えることができなくなった、といった面が自分には少なからずあったように思えます。

それで最近、ふと良寛さんの歌が再び思い起こされて、昨日から良寛さんに関する本などを読みはじめているところですが、収入の伝を捨ててしまった今、この歌を思い起こしては、きっと何とかなるさ、と自分を励ます心の杖としたい思いがあるのでしょう。

良寛さんのこの歌の他に、もうひとつ若い時分から心に深く残っている言葉があり、それは道元禅師の正法眼蔵随聞記中に出てくるもので、「一子出家すれば七世の父母得道すと見えたり」というものです。
これは、老母の面倒を見なくてはならないために、仏門に入ることができないというある人の相談に対して、道元が仏門に入ることを第一とすることを勧めながら、励ましの言葉として示したものです。
仏典にある言葉として「一人出家すれば九族天に生まる」というようにも示される比較的有名な言葉です。

良寛さんは越後の傾きかけた名家を出奔され後に出家されたのですが、家が仏門でその後を継ぐという場合でなければ、いつの世でも世俗を離れて仏門に入るということには、やはり親族とのつながりを断腸の想いで断ち切らねばならないようなところは常にあるものではないかと思われます。

良寛さんの場合、良寛の出奔が一つの遠因となって実父が自害し、その後を追って弟も自害をしたというような悲劇も起こったようです。

それでも、仏門に入るというか、道に生きるということは、何を差し置いても尊い優先すべきことであると、道元禅師は示されており、道元禅師の心中には常に実母の面影があったと聞きますので、きっと道元禅師自身も、「一子出家すれば七世の父母得道す」の語によって己を励ましていたのではないかという気もします。

道元の出家の動機としては、「慈母の喪に遇ひ、香火の煙を観て潜(ひそか)に世間の無常を悟り、深く求法の大願を立つ」と伝えられています。

一方、良寛さんも出家の際の心境を後に次のように詩に残しています。

「うつせみは 常なきものと むら肝の 心に思(も)ひて 家を出で  親族(うから)を離れ 浮雲の 空のまにまに 行水(ゆくみず)の 行方も知らず 草枕 

旅行くときに たらちねの 母に別れを 告げたれば 今はこの世の 名残とや 思いましけむ 涙ぐみ 手に手をとりて 我が面を つくづくと見し 面影は なお目の前に あるごとし

父に暇(いとま)を 乞いければ 父が語らう 世を捨てし 捨てがいなしと 世の人に 言はるるなゆめと 言いしこと 今も聞くごと 思ほえぬ

母が心の 睦まじき その睦まじき 御心を 放(ほふ)らすまじと 思ひつど 常憐れみの こころ持し 浮き世の人に 向かいつれ

父が言葉の厳(いつく)しき この厳しき 御言葉を 思い出でては 束の間も 法の教えを 腐(くさ)さじと 朝な夕なに 戒めつ 

これの二つを父母(ちちはは)が 形見となさむ 我が命 この世の中に あらん限りは 」

こんな自分が、何も名だたる高僧・名僧を引き合いにだして自分に引き寄せて語るなどは誠におこがましい限りですが、真実なるものを求める人間には、いつの世でも世俗との厳しい軋轢葛藤があるということは厳然たることです。

人間が生きるということに、一体どのような意味があるのだろうかということについて、こんなに真剣に思ってみることは、若い時分を除けばかつてなかったことですが、そうした事柄を生命を賭して究明した多くの古人があってこそ今の時代というものもある訳であり、そうしたことに思い至るような心境になれたということだけでも、リタイアした価値はあったと、ひとまずは考えておくことにしておきましょう。

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