5月の新月 牡牛座25度
明日5月15日の午後21時前に牡牛座の25度で新月が生じます
牡牛座もあっという間に終盤に近づいてきました
雨勝ちなため湿気に弱い自分はコンディションが整わない日も多いですけれども、晴れれば十分な日差しの強さがあり、木々達はふんだんに供給される水分と日差しによって、ぐんぐんと逞しい成長を見せています
このように目に見える形の世界における成長と充実ということが、牡牛座のテーマの中にはあるように感じられます
わたしはこの牡牛座の期間中に、普段に増して五感の感覚を研ぎ澄ますことを心掛けようと考えていたのですけれども、相変わらず外出の機会も少なく、どちらかというと木の芽時に続いて外界の目まぐるしい陽方向への環境変化についていかれず自律神経の調子が今ひとつです
学校や会社などにおきましても、この連休明けの時期にメンタル上の問題が起きてくるケースが多いように聞きます
とかく精神世界的な部分で生きている人間には、外界が勢いを持って成長するような時期には、何か圧倒されてしまって気後れしてしまうようなところがあるのかも知れません
さて、今度の新月は牡牛座の25度ということですが、25度と言いますのは、そのサインの持つ願望や充足感といったものとの関わりが多いポイントであるように感じられるところです
(TAURUS 25 °): A VAST PUBLIC PARK.
(私訳):広い公共の広場。
漠然として掴み難い表現ですけれども、これは牡牛座的な所有に関する願望が強く表れた様子ではないかと感じられ、目に見えている景色はすべて自分の所有である、というように思い込みたい願望であるように感じられます
一方で対向する蠍座25度はどうなっているでしょうか
(SCORPIO 25 °): AN X-RAY PHOTOGRAPH.
(私訳):X線写真。
牡牛座におきましては、目に見え手に触れるすべてのものを所有したいと欲しますが、蠍座におきましては、反対に目に見えないものすべてを見通していたいと望んでいると感じられます
それは物質的レベルとは異なる精神的世界における所有欲といっても良いのかも知れません
牡牛座は五感を通じて感得できる現実的世界との強い結びつきを、対向する蠍座においては目に見えない潜在意識下の精神世界と深く分かちがたく結びついていたいと求めていると感じられます
不動サインが強く求めるアイデンティティというものの根幹を成すリアリティの獲得が、牡牛座においては物的方面において、蠍座においては精神的方面にて追究されます
獅子座と水瓶座においては、獲得されたアイデンティティを表現するという能動的な外向きの方向にエネルギーが放出されますが、牡牛座と蠍座は受動的に自らの中にそれをため込んで離さず、貪欲に獲得・吸収していくような方向性です
今度の新月においては、物質的な所有面に関して充足を求めることを意識してみるべきかもしれません
物質的と言いましても決して物に限定される訳ではなく、五感を通じて感得できるもの全般を含みます
精神的世界に生きる人間であっても、目に見える世界においても十分に生きるということが志されなければならず、物心の両面においての充足が果たされなければ、結局は極めて不完全的な人生しか実現されないことになってしまいます
しかしながら、精神世界的に生きるには、まずは五感に基づく世界観というものが一度は否定され尽くさないことには、霊的な世界の入口に辿り着かないということがあるでしょう
物質的な世界も霊的世界の現れに過ぎず、我々人間は地上において肉体とともにある霊ですので、本来は否定されるべき物はひとつもありませんけれども、目に見える世界に置かれている軸足を見えない世界に置き換えるためには、やはり一旦はこの世的な生というものを手放すという経験が必要になってくるでしょう
わたしも春先以降は禅病に近いような状態のところが多いのですけれども、木の芽時や五月病という言葉があります通りに、ある特定のタイプの方々に取りましては、この時期は非常に心身のバランスを損ないやすい季節であることは間違いありません
神経質で考えやすい質の方にとりましては、五感を通じた肉体的感覚にしっかりとアンカーを下ろしてバランスを取り直すことが必要となってきます
自然界だけでなく、人間の社会活動においても環境変化の大きい時でありますので、家に籠もって考えがちな生活スタイルを改めませんと、外界の環境変化に益々ついて行かれず振り回される格好になりやすいでしょう
ということで、今日は自分自身の反省点と向き合うという格好になりましたけれども、一年のうちでも素晴らしい季節である筈のこの時期ですので、大いに五感を楽しませるようなことにも努めてみることにしたいと思います