ホロスコープと運命③ ~クラシカル・ルーラー~

はじめに

前回は土星と木星という人生の大枠を形成するふたつの惑星を中心に書きましたけれども、個人の人生について考える場合には、土星までの7つの惑星を中心にして考える古典的占星術というものが非常に有効性を持っているように感じられる部分があり、今回も考察を深めてみたいと思います

ルドルフ・シュタイナーは月から土星までの7天体を重視しており、明らかにこの7という数霊に特別な意味を見出していたのだろうと考えられますけれども、『古代人にとっては、土星が最も外側の惑星でした、のちになって、天王星と海王星が加わりました。しかし私たちは、いまは天王星と海王星を考察しません。』と、惑星と人間との関係性の考察に際しまして、天王星と海王星とを敢えて対象から除いています

また、シュタイナーは天王星と海王星については、本来は太陽系に属さず、あとから太陽系の引力圏内に入った惑星である、としているところです

ちなみに余談ですけれども、シュタイナーの生前にはまだ冥王星は発見されていませんでしたけれども、エドガー・ケイシーの場合はその存命中に発見されており、発見以前のリーディングにおいては、冥王星に該当する星のことをセプティムスやバルカンという名称で呼んでおり、それらが後になって発見された冥王星を指していたことを後に明言していましたので、おそらくシュタイナーにおいても、発見以前の冥王星の存在についてはおそらく認識できていたのではないかという気がします

わたしは別にトランス・サタニアンを軽視しようと考えている訳ではないのですけれども、土星までしかなかった古典的占星術の時代において、個人に関するホロスコープのシステムというのは完全なものとして一応の完成を見ていたのではないか、と考えています

トランス・サタニアンの影響につきましては、主には社会に対して及ぶのであろうということと、個人にも影響は及んでいるものの、人間が主体的意志で創造的に生きようとする際に、ホロスコープの中でトランス・サタニアンを意図的に活用することができるような段階には、まだ現在の人類レベルは達していないのではないか、というように考えています

伝統的占星術の支配星

わたしは伝統的な古典占星術における支配星の考え方から、占星術のシステムの基本を理解する上での、極めて重要なことを学ぶことができると考えており、ホロスコープというシステムを利用して個人の人生をよりよいものとしていく上で、大いに活用することができるのではないかと感じています

伝統的なルーラーの考え方では、オレンジの線を境にして、太陽と月以外のすべての惑星が対照的に2つずつ並んでいます

つまり、太陽と月以外の各惑星は、受動性と能動性(陰と陽)の2つの局面を持ち合わせると解釈することができるのではないかと考えられます(赤丸は天体の受動性を、青丸は能動性を表す印としてつけています)

そして、その中において太陽は絶対的な能動性を持ち、月は絶対的な受動性を持つ特別な存在であるということが分かります

しかし、冬至の太陽と夏至の太陽はそれぞれ陰と陽の極みにあるものとして感じられますし、月も毎月の満ち欠けの中で新月と満月という陰陽の姿を見せますけれども、それは1年もしくは1か月という期間の中で相対的に見せる姿に他ならず、存在そのものとしては単体で絶対的な陰と陽とをそれぞれ代表している唯一の天体であるのだ、と感じられます

この2つの天体は、個人というものを考える上で特別重要な位置を占めるものであり、それぞれ肉体的、精神的な意味における自分自身そのものを表していることを、あらためて強く認識させます

そして、他の惑星につきましては、それぞれに陰と陽の両極的な側面を持っているのだという考え方を通じて、その役割について大いに理解を深めることができる、と考えています

太陽と月とはそれぞれ土星と向き合い、水星は木星と、金星は火星と向き合っていますけれども、相反する位置にあるサインや天体同士の間では補完関係が成立し得るという、ホロスコープを考える上でのわたしの個人的な基本原則をここでも適用することができる、と考えられます

この一連の記事を書く切っ掛けとなった先月書いた記事におきまして、わたしは次のように書いていました

ルドルフ・シュタイナーは、『火星・木星・土星を、「人間を解放する惑星」と名付けることができます。それに対して、金星・水星・月を「運命を規定する惑星」と名付けることができます。(「星と人間」風濤社)』と語っています

「運命を規定する」というのは前世のカルマの影響に捕らえられている状態ということであり、それを「解放する」というのは、カルマを乗り越えさせる力であるというように考えられます

そして、わたしの考えでは主には火星と金星、木星と水星、土星と月というのが、決して一意的にそうなっているとは言わないものの、それぞれペアとして成立するのだろうと考えており、シュタイナーも「土星の特質が、ある意味で、月の特質に対立しています」とか、「金星は、非常に注意深く、火星が語ることに耳をすましています」とか、「水星は、結合・推理する思考のマイスターです。いっぽうそれに対して木星は、叡智あふれる思考のマイスターです」などと語り、それぞれの関係性について仄めかしています

わたしは古典的な支配星の配置によって、太陽と月は土星と、水星は木星と、金星は火星と、それぞれ補完的関係性にあると認識していたために、シュタイナーが語るところの運命を規定する惑星と、それから解放する惑星という組み合わせというものを、すぐに古典的ルーラーに当て嵌めて考えることができました

ちなみに太陽につきましては、運命を規定する惑星とは異なる位置付けのものとして考えているところですけれども、それでも土星との間にある対極性や補完的関係性についての見方につきましては、他の天体と同様になります

月・太陽と土星

月と太陽は、肉体的次元と精神的次元における自分自身を表している天体であり、それらは隣り合ってペアとなり、それぞれ受容的土星と能動的土星のペアと向き合っています

月と受容的な土星、太陽と能動的な土星というのが、それぞれ対極的存在の補完的ペアとなりますけれども、月と太陽は夫婦として一丸となって共同し、陰陽の土星が表す人生目標全体の全うを目指しているように見えます

しかし太陽から見ると、月と相対する受動的な土星は、150度のインコンジャンクトの位置関係になりますので、太陽は土星の持つ受容的な側面の人生目標を自分では叶えることができず、月もまた、太陽に相反する能動的な土星の持つ人生目標については自分で叶えることができないというように見えます

それぞれが単独で陰と陽の絶対的な存在である月と太陽というのは、はじめからペアとして一体化して働くことが宿命づけられており、そのことは人間の霊肉(精神と肉体)の統合というテーマと固く強く結びついていて、月と太陽の一体化による霊肉の統合によってはじめて、土星の受動性と能動性の両方の人生目標を全面的に達成することができる、というように感じられるところです

土星という惑星につきましては、古来から誤解がつきものであった訳ですけれども、近代に至っては、土星を水瓶座の副支配星の地位に追いやってしまったことから、土星の能動的な側面への理解が薄まり、より一層混乱を来しているのではないかと感じられます

水瓶座の支配星として土星は馴染まないのではないか、と疑問を感じる方が現代では多いのではないかと感じられますけれども、それは土星の能動的側面に対する無理解の裏返しとして起きることとして感じられます

土星については固めて安定させるという受動的な側面ばかりがクローズアップされているように感じられますけれども、前回の記事において土星は人生に節目を与える、つまりは変化を与える星である、という内容を書きましたけれども、それは主に土星の能動的側面、即ち水瓶座の支配星としての働きであると考えられます

山羊座の支配星としての受動的土星は、社会制度を固めて安定をもたらしますけれども、そのように守りの姿勢だけでは社会の持続性というのは担保されず、時代の進捗に合わせて絶え間なく変化もしていかなければならないということがあり、そうした自己矛盾的な要素を土星は本来的に内在しているのだと考えられます

しかし考えてみれば、人間の肉体でさえも、ほとんどの細胞が大体7年くらいで入れ替わるものとされているのであり、それは土星の能動的な更新的作用の影響として考えられます

社会というのも肉体と同様に、新陳代謝による更新が途切れなく続いていかなければ将来的な持続性を失ってしまうことになりますので、絶えずベンチャー企業や個人企業の立ち上げなどによって時代に即した新しい未来志向的な多様性が提起され、それらの新興勢力によって取って代わられて再活性化されることで、真の持続性が担保されるということになります

私自身も水瓶座の生まれですけれども、水瓶座というのは山羊座に対する非常に強い反発精神を常に持っている、と常々感じられますけれども、それは要するに土星の受動的な側面に対する能動的な反発ということなのではないかと考えられます

ということで、山羊座だけではなく水瓶座もセットで土星本来の守備範囲である、ということが正しく再認識されることがとても重要なのではないかと考えられます


☽→♄
それでは、どのようにすれば土星の力によって月と太陽が運命の束縛から解放されるのかについて考えを進めてみたいと思います

月は先天的な素質や気質を表し、大人になってからも無意識的な行動や一人で過ごす時間や空間の中などでは、その先天的な月の素質というのが自然に顔を出してきます

躾けをされない子供が人を顧みないわがまま放題な人間に育ってしまうように、我々の中の先天的な素質というのは、気を緩めるとすぐにその自己中心的な粗野な本性を顕してしまい勝ちです

ですから、もっぱら家の外だけで上辺を取り繕うようなことに終始しているのではなく、どこにいようと自分自身を正しく律することを習慣づけていることが必要なのであり、それは自分の中に土星を持つということに等しいのだ、ということになります

「君子は必ずその独りを慎む」(大学)という有名な言葉がありますけれども、立派な人間というのは、人の見ていないところでも自分自身を常に正しく律することができる、ということであり、月の表す先天的な本能的・動物的な性質を常に監督し制御することが、人生の完成に向けては必要なのだ、というように解釈することができます

つまり、そのようにして自分の中の前世に由来する先天的な素質を矯正することで、宿命を乗り越えて新しい自分を作り上げ、来世へとつなげていくことができるということであり、それが月を土星の持つ受動的な側面によって補完すということなのだというになります

☉→♄
太陽につきましては、太陽は自分の自我であり生きる上での生命エネルギーですけれども、それを娯楽や恋愛などの個人的な楽しみにばかり消費してしまわないで、社会の未来を創造するベンチャーや個人企業の立ち上げなどをフロンティア精神で行い、新しい形のビジネスや経済モデルなどを生み出して社会の多様性を確保して未来へ向けての持続性を担保するように、というようなことでしょう

つまり太陽の持つ創造性を個人的分野にだけはなく、土星の持つ能動的側面である新しい社会文化の創造に向けよ、というようなことになります

水星と木星

水星は基礎的な知性や実務能力などの、人間が生きていく上で基本となる機能を担っています

月というのは脳と中枢神経を中核として形成されるあらゆる身体の基本インフラを組織しますけれども、水星はそれら基本インフラの初段階的な運用に携わっており、神経系統というインフラ自体は月が形成するものですけれども、神経系統を通じた働きの基本的な部分は水星が担っているということになります

双子座の支配星としての能動的な水星は、好奇心に満ちて様々な知識を追い求めてそれを理解することに夢中になりますけれども、乙女座の支配星としての受動的な水星は、得られた知識や経験を応用し、それを実用的な技術として体系的に身につけます

しかし、それらは普通の段階では単なる知識であり技術的能力という基礎的な段階に留まっています

能動的な水星が能動的な木星によって補完されるというのは、水星の基礎的な知性が、射手座的な高尚な人生哲学や宗教観などによって高められなければならないことを表し、水星の神経系統を通じた基礎的な知性の働きを、精神性として認められるような高度な働きにまで高めることに木星は関与します

受動的な水星が受動的な木星によって補完されるというのは、水星の単なる基礎的な技術力が、芸術や信仰の域にまで高められなければならないことを表します

具体的には、器楽の演奏や職人の持つ技巧などが、単なる技術に過ぎないと評価されるレベルに留まるか、それとも芸術的な神業として人の心に深い感銘や感動を与えるレベルにまで達するかの違いは、偏に木星による補完の有無にかかっています

文章を書くということにつきましては、水星の受動面と能動面の双方のものが考えられ、詩文をはじめとする芸術性に強く関わるものと、人生哲学などの観念に裏打ちされた文学などの二つの傾向に大別することができるでしょう

受動的な木星と能動的な木星との違いは、魚座の支配星としての木星がものごとの本質的な部分、射手座の支配星としての木星がものごとの本質が社会で応用可能な形で体系化された観念の部分を表します

宗教について言えば、いわゆる密教的な内容に相当するのが受動的木星に関わる部分であり、能動的な木星は顕教的な内容に相当します

同じように音楽や芸術のエッセンスは受動的木星に、音楽論や芸術論やそれらに関係する教育論などの観念として体系化されたものが能動的木星の支配下にあると理解することができます

何れにしましても、水星の持つ人間の基礎的な能力が、高尚な人生哲学や芸術、宗教性などに含まれる宇宙的真理やその法則性によって補完されるとき、人間は神的な高次の世界に生きることとなり、宿命に縛られた不自由な低い段階から抜け出すことができることになります

金星と火星

火星は一般的には私的なパーソナル・プラネットと捉えられますけれども、実質的にはそうではありません

しかし、見え方としては個人としての特性をその行動や表現の中によく表しますので、わたしも便宜的にはパーソナル天体という扱いをしています

古典的ルーラーの図によれば、金星と火星は隣り合っており、水星や木星、月と土星のようには離れていませんけれども、それらの惑星同士の距離と言いますのは、それら惑星間における補完の難易度の違いがそのまま表現されているものだと感じられます

ですから金星と火星の場合は補完的関係性といっても、より馴染みやすいペア的な関係性も持ったものとして考えることが出来ます

金星というのはその人固有の価値観であり価値観に基づいて欲するところのものを表します

人間の願望というものは、その人が抱いている価値体系によって左右されているものであり、自分の中で価値が高いと見なされる度合いに応じて、それを求める心の強さも変わってくることになります

火星は主には金星の持つ願望を実現する力でありますけれども、金星以外のパーソナル天体が持つ内容が対外的に表現される際にも、火星は媒介として機能しています

火星は地球の内側に位置するパーソナルな内的世界を、地球の外側の外的世界に対して表現すると同時に、外的世界にあるものを獲得して、それを内的世界にもたらしてくる力となります

金星と火星は欲するものとそれをもたらすものという関係性ですけれども、金星が火星によって補完されるというのは、何かを願っているだけではなく、実際に自分で行動する勇気を持たなければならない、ということになります

どんなに立派な理想を思い描いていたところで、実際にその理想の実現に努力しようとしないのであれば、生きていることの意味がありません

我々人間は何を思ったり考えたりするかということではなく、実際に何を為したのか、ということを常に問われています

江戸時代の米沢藩主の上杉鷹山が家臣に示した有名な教訓に、「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」というとても有名な言葉があります

戦国時代の武将である武田信玄も、「為せば成る、為さねば成らぬ、成る業(わざ)を、成らぬと捨つる、人の儚き」という言葉を残しており、鷹山の言葉は明らかにこの信玄の言葉に倣ったものでしょう

これらは共に、「慮(おもんばか)らずんば胡(なん)ぞ獲ん、為さずんば胡(なん)ぞ成らん」という書経の言葉に基づいており、これをわたしなりに解釈してみますと、慎重に熟考しなければ名案というのは浮かんで来ないし、例え熟考して名案が浮かんだとしても、それを実行に移さないのであれば何の意味もなさない、というようなことでしょう

これらの言葉から、金星が表す自分の願望の実現に際して、実際に努力することの必要性に加えて、何の考えもなく我武者羅に行動するのではなく、まずはよく考えてから慎重に行動に移さなければならない、ということが言えます

蠍座の支配星としての受動的な火星は、行動に際して慮ることの象徴であり、じっとタイミングを図って身を潜めていますが、いざ行動に起こすときには圧倒的な力で物事を素早く成し遂げます

蠍座の受動的火星は、常に行動のための機会を窺っている慎重な思慮深い存在であり、天の時であるチャンスを辛抱して待ちながら、時が来ればそれを逃さずに敏速に行動することができます

「好機逸するべからず」、「機を見るに敏」、といった諺が思い起こされますけれども、願望や理想の実現に際して、それらは常に大切な心がけとなり、受動的金星への戒めとなるでしょう

一方、能動的な金星が能動的な火星によって補完するというのは、他者との協調的関係性に生きようとする能動的金星は、ともすると実力者や成功者におもねる傾向や、流行を追う中で無個性的になってしまう傾向を持ちます

能動的な火星は、自分こそがすべてだと感じており、ありのままの自分に生きようとします

人というのは人の中に出るとつい気後れしたり自信が持てなくなって、既に世の中で認められている自分以外のものの価値にすがろうとします

しかし、人や周囲から好ましい影響を受けながらも、自分らしさというものを失わないようにすることが必要です

もっと言えば人に影響される人間ではなく人に影響を与える人間になることを目指すとか、流行を追うばかりではなく、自分が流行の発信源となること、そのために必要な勇気と自信とを能動的な火星によって補完することが求められているということになります

自分の持っている価値観を世間に晒すということは、世間から評価を受けるということになりますので、やはり気後れが生じ勝ちなものですけれども、勇気と信念とを持って自らの価値観を世に示すのでなければ、マイナスの評価も得ないでは済みますけれども、評価して認められることもまたなく、人生が無意味な空しいものに終わってしまうでしょう

まとめ

人間が運命に翻弄されるだけの人生から解放されて、自らの意志で自由で創造的な人生展開を図っていくためには、まとめてみますと次の三つの心がけが必要ということになります

・自己の節制(☽→♄

・高い教養による精神の涵養(☿→♃)

・信念と勇気による理想の実現(♀→♂)

自分を律することの重要性は言うまでもありませんけれども、高い教養を身につけるというのは、宇宙の真理や法則に従って生きるということを意味し、最後の自分の願望や理想を実現化していくということが、最も大切なこととなるかも知れません

トランス・サタニアンに関しましては、機会を改めて考えてみることにしたいと思いますけれども、天王星が人類に与えた影響によって社会改革や技術革新が進展して現代に至っている訳ですけれども、その影響を振り返りますに、結果的には物質主義的文化が隆盛となって精神的文化面では退歩が見られることから、これらトランス・サタニアンの影響に対して人類はまだ一方的に影響されるだけの段階にあり、人類の本当の意味での進歩に結びつけられていない段階にあるように感じられます

土星と木星というのは明らかに人間のために存在し、人間を成長させ人生を完成させるために作用しているのと比較しますと、我々人間にとってのトランス・サタニアンの存在の意味というのは、まだまだ不明瞭で未知なところが多いものです

わたしは現代占星術における第8ハウスと第11ハウスと第12ハウスの解釈に対して、ずっと不明瞭な曖昧さがあると感じていたのですけれども、元の支配星である火星、土星、木星との相関で考えることにより、人生にとってのハウスの持つ意味がより明瞭になったという気がしていますので、支配星の交代は些か早計であったかも知れないというようにも感じているところです

 

以上、ご参考になりましたら幸いです

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