黒髪神社(佐賀県武雄市) 二拝三拍手一拝の社 ~拍手(かしわで)考~

先日、佐賀県高雄市にご鎮座坐(ましま)す、「鎮西霊験社 黒髪神社」の上宮と下宮とを参拝させていただきました

神明造のとても立派なお社で大変驚きましたけれども、境内も広く綺麗で調っており、拝殿の前に立ちますと大変心地好く感じられ、霊験あらたかな雰囲気が感じられたところです

こちらの参拝作法は「二拝三拍手一拝」ということで普通と異なっておりまして、その点が気になりましてはじめて参拝させていただいた次第です

こちらの御祭神は「伊弉冉尊・速玉男命・事解男命(いざなみのみこと・はやたまのをのみこと・ことさかのをのみこと)」のご三体ですけれども、これらは熊野信仰が伝わって以来のものではないかと推察されたところです

黒髪山の名の由来は今のところ定かではありませんけれども、全国に幾つかあるようで、もしかすると修験道と結びついてからの呼び名であるのかも知れません

しかし、「嬉野温泉きららカフェ」様の今年の5月10日のブログ記事の中に、こちらの神社の宮司である黒髪宮司のお話として、黒髪(KUROKAMI)とは闇龗神(くらおかみのかみ)のくらおかみ(KURAOKAMI)のAが一つ抜けたものであると語られているようです

つまり、熊野信仰が伝わる以前の古いご祭神と言いますのは、黒髪山をご神体として「闇龗神」を祀っていた可能性があると語られているということのようです

このことは記事を書いている今知ったことで、参拝してから元々の御祭神のことが気に懸かっていましたので、少しすっきりとしたところです

※社務所で頂いて来た「黒髪神社御由緒略記」をきちんとよく読んでみましたら、その中にも『クロカミの名称は元来、岩上に鎮まる神の座(くら)、あるいは龍神であるクラオカミ神に由来する古語と考えられてゐます。』とちゃんと書いてありました(汗)

この黒髪山には、大蛇退治の伝説も伝わっているところであり、上宮のある祠の雰囲気からも、きっと水神系の大蛇か龍ではないかと感じていたところでしたけれども、闇龗神といいますのは、非常に古い起源を持つ雨を司る龍神であり、よく瀬織津姫と同神とされる罔象女神(みつはのめのかみ)とともに、日本における代表的な水の神様です

そもそも佐賀県は與止日女信仰がとても広く浸透している地域ですけれども、與止日女というのも瀬織津姫と同神である可能性が高い神として考えています

わたし個人としましては、次の神はすべて瀬織津姫とほぼ同神の神として認識しており、佐賀と福岡においては最も古くからの中心的な信仰対象であったのではないか、と考えているところです

瀬織津姫とほぼ同神と考えている神:罔象女神與止日女命・淤加美神・市杵島姫神・八十禍津日神

黒髪神社の由緒略記には、平安中期以降の史料である「武雄神社文書」において、この黒髪神社が「朝廷ノ御祈祷所」で「杵島郡第一ノ霊社」と記してあるとのことですので、熊野信仰が伝わり修験道色が濃くなる以前から、霊峰黒髪山に鎮まる龍神を中心とした古来からの山岳信仰があり、その霊験は非常にあらたかであったのだろうと分かります

さて、こちらは通常とは異なる三拍手が参拝作法とされている珍しいお社です

社務所で伺いましたところ、よくは分かっていないとのことでした、個人的には、やはり神仏習合していた時代の修験道的なあり方の名残なのではと考えた次第です

例えば、日本の修験道の開祖である役小角は蔵王権現や三宝荒神などの日本の仏教のオリジナルな神仏を感得しましたけれども、三宝荒神に対する礼拝の作法として「一礼三拍手一礼」というものがあり、これは仏・法・僧の三宝に帰依するということのようです

この三拍手についてネットで調べていますと、古来日本人は三礼三拍手であったのであって、二礼二拍手は間違いだという同様の意見がいくつか見られました

すべて一様の理由が述べられているので、どうやら発信源はおひとりの方のようです

明治維新の時と戦後にGHQによってあらためられたのだと言うのですけれども、そんなに新しい話なのであれば、現代の日本人も大抵はそれを知っている筈ですし、明治に生まれた祖父母世代や昭和初期に生まれた両親などは、その三拝三拍手の参拝作法というのをしていたか、少なくとも知っていた筈であるということになります

ということで、それが如何に荒唐無稽な話なのかということがお分かりになるのではないかと思いますし、皇室の祭祀を司っていた伯家神道(白川流神道)も三拍手だったと言うのですけれども、それもまったく根拠の見当たらない話のようでした

以前、占い師の細木数子女史が、女性は拍手の際に音を出してはいけないのだということを仰ったのが世間に広まったらしく、そういうのはしのび手という葬儀の際のやり方であるとして、全国の神社から大ひんしゅくを買ったという話もあるようです

 

わたしはかねがね、本来の拍手というのは出雲大社や宇佐神宮、彌彦神社などで行っている四拍手であったろうと考えていましたので、今回少しく調べてみた次第です

江戸時代に開教された金光教という宗教がありますけれども、こちらのHPによれば金光教の参拝作法は四拍手とされており、平民の身で突然神懸かった開祖さんやそのお弟子さん達は、先にも出ました伯家神道(白川流神道)に正式に入門されて神職としての作法の伝授を受けてそれを取り入れているとされているのです

また、金光教と同じく幕末に開教した天理教も、こちらのHPによれば参拝作法は同様の四拍手とされています

大本教につきましては明治になってからの開教ですけれども、こちらのHPにおかれても参拝作法は四拍手とされているとともに、 『大本で四拍手するのは「古式をそのまま採用しているのである」と王仁三郎聖師は教示しておられます。(玉鏡「拍手」)』と記されています

あの出口王仁三郎氏がその様に、四拍手は古式をそのまま採用したものだ仰っているというのは、相当に信憑性が高いことのように感じられるところです

 

日本におきましては、非常に長い期間にわたって神仏習合していましたので、そもそも一般の人々が神社仏閣で拍手を打つような参拝方法はなされておらず、もっぱら仏式の合掌だけがなされていたのではないかと考えられます

その一方で、朝起きてお天道様を拝むといった時にパンパンと拍手を打つというように、民衆の素朴な原始的信仰態度の中においては、拍手をする習慣というのが、日本人の中でずっと途切れずに受け継がれてきていたのではないか、と感じられます

そもそも、拍手というのは魏志倭人伝にも記されている邪馬台国時代かそれ以前からある日本人独自の作法なのであり、日本人のDNAの中には、尊いものを拝んだり感謝したりする際に、無意識に拍手を打ちたくなる自然的衝動があるのだと言えるのではないか、と感じられます

神社においてはこれが作法として語られている訳でありますけれども、作法として定型化される以前に、拍手は日本人において自然発生的に無意識になされる表現方法であると考えるべきなのではないでしょうか

そのような意味においては、本来は純真な気持ちが込められているのであれば、拍手は何回でもいいのだ、ということが言えるのではないかと感じられます

神職の方などは、食事に際して一拝一拍手をなされるのだそうですけれども、神社で御神酒を頂く際などにも本来はこの一拝一拍手をしてからいただくのが望ましいようです

拍手が古代からの日本人の独自の習慣であると言うことは、つまり、我々日本人が拍手を行うに際しては、遺伝子の中に眠る日本人としての霊性や魂が呼び起こされるのだ、ということが言えるのではないかと感じられます

そのような意味におきましては、日常生活の中において、あまり格式張らない形で、簡略化した拍手の習慣というものを、様々な生活シーンにおいて多用することを根付かせるということが検討されるべきではないか、と感じられるところです

神社における作法としての拍手というのは、神様に失礼にならない最低限のマナーとしてのものではないかと考えますけれども、初詣や祭日などの非常に混み合った中で皆がみな丁寧な参拝をされても迷惑でしょうし、やはり神社の示す作法に従うのがよいのではないかと考えられます

拍手には、最も簡略なものとして一拝一拍手があり、神様を敬うものとしてより丁寧な二礼二拍手があり、更に古来の正当なものとして四拍手、加えて最高度に丁寧な作法として伊勢神宮の八拍手があるのだというように、段階的にひとつ前のものを二倍行うことでより敬意を深めるというように考えておけばよいのではないかな、と感じた次第です

調べてみますと、「日月神示(ひふみ神示)」の中におきましても、拝む対象別に異なる参拝作法が記されているのですけれども、やはり一番簡易なものとして二拍手、より上の神様に祈るに従いまして四拍手、八拍手というように書かれているようです

また、拍手について日月神示の中には次のような記述もありました「もの頂く時は拍手打ちて頂けよ、神への感謝ばかりでないぞ、拍手は弥栄ざぞ、祓ざぞ、清めぞと申してあらうが、清め清めて祓ひてから頂くのざぞ、判りたか

 

最後になりますけれども、わたしの場合は神社が混み合っている時を除きまして、参拝の際には二礼二拍手をお祈りの前と後に二回行っています

わたしの中では最初の二拍手と最後の二拍手は異なった意味合いを持つものとして感じられており、どちらも不可欠のものと感じられております

神社ではそういう参拝方法を一般の人にはすすめていないと思いますけれども、正式には必ず祝詞や祈願の前と後に拍手はしなければならないものであると感じられます

それは最初の礼と拍手が神様をお迎えする降神の儀として、最後の礼と拍手が神様をお送りする昇神の儀として意識されているであろうからです

先ほどの「日月神示(ひふみ神示)」におきまして、今回次のような言葉を見つけ、わたしが感じていた2種類の拍手について、そうそう、正しくこういう風に最初の拍手と最後の拍手とを感じていたのだと、大変嬉しくなりました

拍手は清めであるが、神様との約束固めでもあるぞ。

最初の拍手というのは神様に対するご挨拶であり、自分自身の意識を清めるためのものです

続いて、祝詞や祓詞(はらえことば)や願い事をした後の最後にする拍手と言いますのは、自分の中で自分の意を固める締めくくりです

手打ち式という習慣が日本にはありますけれども、ここ福岡で言えば博多手一本と言われるものがあります

この手打ち式というのは、参拝に際して最後に行う拍手と同様の意味があるもののように感じられますけれども、手打ち式の意味というのは、それをした後では、話を蒸し返したり決まったことに対して文句や異論を挟むことは決して許されない、という暗黙の決まりごとになっています

こうした習慣が民間にあるのも、拍手が古代からの日本人の独自の風習として自然に備わっているからなのであろうと感じられます

 

また、最初にご紹介した黒髪神社の御祭神のご一体は速玉男命(はやたまのをのみこと)ですけれども、この神様と言いますのはコトバンクから引用してみますと次のような神様です

『伊奘諾尊(いざなぎのみこと)が黄泉国(よみのくに)の伊奘冉尊(いざなみのみこと)をおとずれたとき、みないでほしいといわれたその姿をみてしまい、離縁することになった。その約束をかためるためにはいた唾(つば)から生まれた神唾を約束をかためる意につかうことは,海幸・山幸の神話にもみえる。』

お分かりになりましたでしょうか?

速玉男命は約束を固めるために吐いた唾から生まれた神様ですけれども、この速玉男命の約束を固めるという働きと、最後に打つ拍手の意味といいますのは、意味合いにおいてまったく同様のものであると感じられませんでしょうか

黒髪神社の二拝三拍手のことが気になって色々調べたり考えたりした結果として、黒髪神社の御祭神の働きが拍手や手打ちと同じ意味を持つものだというところに行き当たったというのは、実に不思議な面白いことだと感じた次第です

 

 

 

 

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