水瓶座1度で始まる風の時代とは ~風の時代のガイドライン~

はじめに

そもそも今年年末のグレートコンジャンクションで本格的に到来することになる風の時代とは、一体どのような内容のものなのかについて、これまでも幾度か詳述しようと試みたのですけれども、それを噛み砕いて詳細に語ろうすればするほど、わたし個人が思い描く理想の社会像というものが強く投影されてしまうことになり、広く一般の方が参考とされるには不適なものとなってしまうと感じて断念していました

社会というのは極めて複層的なものであり、個々人やグループ、そして地域毎における精神的発達段階の相違というものは、相互に数十年から百年とかあるいはそれ以上の隔たりを有しながらも同時代を共有して構成されているものです

そしてその多様性こそが素晴らしいのだと考えなければならないのだと感じられます

ある特定の個人が抱く理想というのは、特定の狭い範囲の人々においては共感されるものの、精神の発達段階、年代、性別、人種、国柄などの諸々の環境の相違から、その他の方々にとっては理解し辛く、共感を得にくいものとなるでしょう

そんなことは気にせずに、自分に共感してくれるグループに対してだけ発信をするということにも大きな意義がある訳ですけれども、ある人々にとっては馴染むことが出来ずにかえって誤解を抱かせる結果に至ってしまうことをわたしは懸念した訳です

わたしが現在送っている生活スタイルにしても、既に世の中の大半の人の生活スタイルとは相容れない要素が多分に含まれているでしょうし、わたしにとって自然と感じられる生活スタイルは、他の方々にとっては異端的なものとしか感じられないところがあるでしょうから、そのわたしが思い抱いている将来の理想像をそのまま語れば、その語られた未来に対して肯定的な印象を抱く人というのは決して多くはない人々に限られてしまうことになるでしょう

結局は各々がそれぞれの立場で感じている理想が、それぞれの立場や役割に応じて実現化されていくということが大切なのであり、極端な先鋭的理想が一人歩きしたところで、それは改革の機運を盛り上げこそすれ、広範な裾野を持つ社会を実質的に耕したり肥やしたりすることにはつながらないのではないかと感じられます

独り善がりな理想というのは、世の中の至るところでうそぶかれていますし、そうしたものがビジネス化されて商業主義的な宗教やスピリチュアル、自己啓発の世界などにおいて蔓延しているのではないでしょうか

それらの多くはその利用者に仮初めの安心感や優越感を与えはするものの、決して社会全体をよりよくしていく力とはならない閉ざされた活動に終始する結果に留まっているのではないかと感じられます

そうしたものは結局のところ、主宰者が自覚できないレベルにおいて根底に物質主義的な要素が潜んでおり、それによって求心的なヒエラルキーを形成する方向性がどうしても生じるように作用しているのだと感じられますけれども、精神主義的なものというのは個々人が自主自律的に宇宙の中心とリンクしていることの自覚を深めていく遠心的な方向性を持つものであると感じられます

そもそも風の時代というのは、個々の持つ精神的価値というものが等しく平等に評価され、各個人は他者からの外在的な価値に対する評価を得ることによってではなく、自身の内的な光である本心や良心に基づいて、自らの本性・霊性の満足を得ようとする方向に向かっていくものとなるだろうとわたしは考えています

水瓶座というサインの性質が既存の社会体制などへの強い反発心をその原動力とするようなところのあるものであることからすれば、従来の物質主義に偏った社会が精神主義的なものによって批判的な形で矯正されていく流れが、水瓶座1度で幕開けする新しい時代の潮流として、少なくとも最初の20年ほどは色濃いものとなることが考えられます

2017年に想ったこと

風の時代に関しては、3年近く前に抱いた印象と基本的に今も相違しないので、まずは参考までに2017年の記事を以下に引用します

2020年の最後に起こる木星と土星の合は、グレート・コンジャンクションと呼ばれる、ほぼ20年に一度に起きる配置であり、火地風水のエレメントを240年毎に移動しながら形成されるとされています。

これまで、地のサインで240年間起きていたグレート・コンジャンクションが、2020年の冬至の頃に漸く次の風のエレメントに遷り、しかも水瓶座の最初の度数である1度で起こる、というところに、非常に意義深いものを感じるところです。

2020年までに、色々なごたごたもあるかも知れませんけれども、それと同時に、人類にとっての素晴らしい幕開けも控えているように感じられてなりません。

また、2020年以降に新たな時代の幕開けが来るのだとしたら、今から意識をそのことに照準を合わせて日々を過ごすことが、非常に重要ではないかとも感じられます。

わたしにはこの山羊座と水瓶座において起きる一連の歴史的なイベントが、人類の物質主義から精神主義への一大転換ポイントになるように感じられます。

要するに、3年後に迎える240年周期のグレート・コンジャンクションのエレメントの移動は、18世紀から19世紀にかけて起きていた産業革命と、それに引き続いた物質至上主義的傾向の文化の流れの大きな変節点となるだろうと見込んでいるということになります。

産業革命は明らかに現在の物質主義や合理主義の流れの起点となったものであり、そうした流れの中で資本主義が成熟していきました。
先の世界大戦も植民地からの資源略奪を意図した未成熟な資本主義経済のあり方が色濃く反映されている訳であり、二百数十年間のグレート・コンジャンクションが地のサインで起きていた時代の終焉に際しても、やはり大きなごたごたは覚悟しなければならないだろうように思います。

しかし、そうした出来事が契機となってはじめて、人類は新たなる次のステージへ移行できることになるのではないか、と感じます。

参照:「太平洋戦争開戦の日 ~グレート・コンジャンクションへ向けて~」(2017年12月8日)

物質主義と精神主義

上で述べていた物質主義から精神主義への転換というのは、わたしの中では割合に明確なイメージとして捉えられているのですけれども、今ひとつピンと来ない方も多いのかも知れません

わたしが物質主義について詳細に語ろうとしますと、どうしても批判的なニュアンスが強まってしまうのですけれども、その物質主義的な枠組みの中にすっかりはまり込んでしまっているのは、それに対して批判的な態度を持つわたしであっても決して例外とは言えません

ルドルフ・シュタイナーは人間は科学に憑依されているというような表現を用いていますけれども、この物質主義的な時代、即ち物理的・化学的に説明しうる因果関係によってのみ物事を捉えようとする科学主義的な考え方というものがスタンダードである現代においては、自らの存在の価値が他者との客観的な比較が可能な財力やステータスや容姿といった外在的な価値に強く縛られており、それが潜在意識下にまで深く浸透してしまっているために、正に憑依されているというような表現の仕方が必要となってくるのだと感じられます

一方で人間の持つ霊性・精神といった存在の本質から考えれば、そのような外在的な価値から人間の存在価値を評価する在り方というものが、自然に対して如何に冒涜的なものであるか、というようなことは何人においても容易に理解されうることなのではないかと感じられます

しかしながら、そのような理解を持ちながらも、依然として現在の社会の枠組みである物質主義的な在り方によって、好むと好まざるとに関わらず自らの存在価値を規定してしまっているというのが現状です

物質主義の特徴としては、もっぱら五感の満足のために生きようとする、即ち肉体的・物質的な低次の欲望の充足にのみ追われている現状というものがあります

けれども、この観点からの詳細な批判を行うと多くの方を不快にさせる可能性がありますので敢えて致しません

精神主義的な生き方というものは、自身が世の中における唯一的存在であるとともに、全一的な創造主と直接リンクした存在であることの内的な確信を深めつつ、自らの霊的・魂的・精神的な成長によって得られる本心・良心の充足を純粋に追い求めていく方向性にあるものだと個人的には考えています

現代の社会においては、本心・良心に逆らってでも現実的な利益を自らとその属するグループにもたらすことがもっぱら是とされてしまっているのではないでしょうか

人類のそのような在り方がそろそろ限界に至ったからこそ、現在の大きな混乱がもたらされているのだというのがわたしの基本的な時代認識です

人間は肉体的次元と精神的次元という、つまりは地球由来の要素と宇宙由来の要素というまったく異なる要素の複合体であり、自らの存在の中に抱え込んでいるその大きな矛盾を統合化していくプロセスというのが人類の進化なのだということが言えるでしょう

物質主義的な部分というのも、それは人間にとっての実在性の一つの局面なのであり、本来的には批判の対象としてはならないものなのですけれども、これからの時代の要請としては、一旦は批判的態度をとることによって人類が自らの存在の統合性を回復していく局面を迎えるというのが、今回迎える風の時代の主要テーマとなる、というのがわたしの個人的な捉え方です

おわりに

以上がわたしの風の時代に対する基本的な認識である訳ですけれども、社会の各分野における具体的な方向性について詳述することは、現代の社会に対する強烈な批判につながりやすいと思いますし、それは各自がそれぞれの立場で考えるべき部分が大きいでしょうから、今日のところは非常に簡潔で物足りない内容ながらひとまず説明を終えたいと思います

真理というのは普遍性を持ちますので、ある意味では当たり前のことを言っているだけなのですけれども、当たり前のことが分かっていながら実行できないという点こそが、正しく人間の中の矛盾する分裂的な要素がもたらしているものなのであり、そこを統合していくというのが人類の至上命題であり、進化の意味なのだという基本認識に立ち返ることで、そこではじめて我々は今とこれから迎える困難に対して立ち向かっていける勇気と力を得るものだと信じたいと思います

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