ノード・リターンについて ~霊的環境の変化~

はじめに

わたしは先月の10月12日にノード・リターンを迎えていて、後で事後的に検証すると以前書いていたところですけれども、実際の変化をまだ体感していない現時点では、事後的な検証時期としてはやや尚早ながら、過去のことも含めて一旦整理のために書いておくことにしました

まずノードとは何か、ということなのですけれども、これは月の通り道である白道と太陽の通り道である黄道とが交わる交点であり、単にノードと言う場合の月の昇交点であるノース・ノード(ドラゴン・ヘッド)と、反対側の月の降交点であるサウス・ノード(ドラゴン・テイル)の二つがあります
※画像は国立天文台HPより借用

ノードは約18.6年周期で黄道の上を惑星とは反対の時計回りで回っている実体のない計算上の感受点です

誰でも18.6歳、37.2歳、55.8歳、74.4歳、93歳前後にノード・リターンを経験していくことになります

ノードは月と太陽が交わるポイントとして、その交点の付近でのみ日食や月食が起こるポイントとなりますので、非常に意味のある影響力を持ったポイントとなります

古典的な占星術におきましては、ノース・ノードをベネフィック(吉星)的なもの、サウス・ノードをマレフィック(凶星)的なものとして扱っていたようですけれども、日食や月食はどちらの交点においても生じ得ることから考えますと、双方ともに吉凶が入り混じったもの、つまりケース・バイ・ケースでどちらかの作用が強く働いてくるものではないかと、今のところ個人的には考えています

ノード・リターンの意味

ノードがどのような方面への影響をもたらすのかにつきましては、一般的には人や社会とのつながりや、あるいはカルマとの関わりがあるとされていますけれども、そうした説明には不明瞭な印象がつきまとうことが多いように感じられるところです

ノードというのは結局のところ、見えない無意識領域に深く関与しているものと思われますので、非常に掴み難いところがあり、漠然とした理解に留まってしまうのは仕方のないところがあるのだと感じますけれども、今日のタイトルの副題に「霊的環境の変化」としましたのは、ノードが示している課題領域について、より的確な表現を試みたいと感じたからです

見えない霊的環境の変化の節目のようなものにノード・リターンが関わっており、それはより具体的な事柄として言い換えますと、「自身の精神的な拠り所となっているものとの縁が変わる」というようなことにつながっていくのではないかと考えています

精神的な拠り所といえば、月が持つ課題領域でもありますけれども、ノードのそれはより一層深い深層意識に根ざしているので、それを霊的環境というように表現している訳です

自身が霊的・精神的な拠り所としているもの、つまり近しい肉親や友人、そして所属グループとの間の特別に深い精神的なつながりをはじめとする、書物や音楽、またはそれらを産み出すクリエイターなど、自身の生き方にまで強い影響を及ぼしているような特別な存在すべてとの縁が変わるタイミングなのだと考えれば、より包括的にノード・リターンについて理解できるのではないかと感じられます

わたし自身の実際の経験を振り返ってみますと、最初のノード・リターンに際しましては、自分にとっての精神的な最も主柱的な存在でありながら、双方の経済的事情からずっと疎遠であった遠方の祖母の他界ということがあり、非常に強いショックを受けてしばらく立ち直ることができませんでした

次のノード・リターンでは、10年以上所属していたグループに対して急に不信感が募ってきて結局決別してしまいましたが、それまではそのグループでの活動がかなり精神的な支えとなっていたため、その時もしばらくの間はかなり不安定な時期を過ごしていました

何れのケースでも、それまでの精神的な支えを喪ってかなり不安定な状態の時期をしばらく過ごしたのですけれども、そうした精神上の不安定さを解消するために、新たな何かしらのものを精神的な支えとして獲得する努力というのをその後していたように思います

最初のノード・リターンの後は禅を中心とする宗教哲学書にかなり熱中していましたし、二回目の時もそれまではあまり読んでいなかったような心理学の専門書や精神世界の書物などを熱心に読んでいましたけれども、そうしたことで失った心の支えの代わりを得ていたように思われます

人は自身の生き方に強く影響を及ぼすような人やグループや書物などを媒介として、霊的・精神的な世界にコミットしながら自分の生きる上での方向性を決めているのだと認識していますけれども、ノードというのは霊的環境との接点であり、霊的存在の影響がノードを通じて現実界に及び、それが様々な存在との縁を左右している、と言うことなのではないでしょうか

ノード・リターンの時期にはこの霊的環境との接点が変わる(更新される)ために、結果的にそれまで縁のあった人やグループや書物をはじめとする、生き方を左右しているような特別な存在との縁が変わって離別や新たな出会いという経験がもたらされやすいのではないかと感じるところです

「鬼門」としてのノード

つまり、ノードというのは霊的な影響が現実界に入り込んでくるポイントなのであり、東洋の方位学で言うところの北東の「鬼門」、そしてその正反対の南西の「裏鬼門」に当り、それぞれがノース・ノードとサウス・ノードに相当するものと考えてよいのではないかと思います

鬼門の「」というのは、「霊的なもの」を意味していますので、鬼門とは霊が出入りするポイントであると考えて良いのでしょうから、やはりわたしの考えるノードのイメージとは非常に近いものでしょう

このノードで起こる日食と月食に関して、シュタイナーが次のように言っていることを以前の記事でも触れていました

ルドルフ・シュタイナーにおいては、「日食と月食はそれぞれ安全弁と見なされ、日食においては地上の邪悪なものが宇宙へと放出され、また、月食の際には反対に、宇宙に存在する邪悪なものが、それを所有したいと望んでいるものの潜在意識に働きかけることを可能にする」としているようです(※出典:”Human Questions and Cosmic Answers” By Rudolf Steiner)

日食と月食が「安全弁」として機能しているということは、邪悪な霊的存在が出入りする「門」であると言っているのに等しいでしょうから、やはりノードというのは鬼門である、という認識は正しいものと考えてもよいのではないでしょうか

普段から信心深く、祖霊を敬うなど、真摯な気持ちで霊的な世界と向き合っている人や、謙虚さや誠実さを持ち合わせて人としての道を正しく歩んでいるような方にとっては、この鬼門としてのノードは、強固な護りの門として機能するのではないかと思えます

霊的存在や宗教などに対して否定的な態度を取りがちな人というのは反対に、鬼門としてのノードが無防備な状態で放置されているようなことになるのかも知れません

そのようにノードというポイントは、その人の生き方次第ではその人の最大のウィークポイントともなり得るであろうし、宇宙の真理や法則に対する敬虔な気持ちを持って誠実な生き方をしているのであれば、むしろ最強の霊的守護が得られるポイントともなり得るのではないかと感じるところです

ノード軸の意味

双子座の23度にある、わたしのノードのサビアン・シンボルについても少し考えてみましょう

(GEMINI 23 °): THREE FLEDGLINGS IN A NEST HIGH IN A TREE.
(私訳):木の高いところの巣にいる3羽の雛

3という数霊は生産性や発展性の強さを表すものですけれども、3羽の雛というのは正にこれから著しい成長を見せる生命力に溢れた存在であり、双子座の好奇心や知的な探求心の旺盛さを示しているでしょう

鳥というのが既に霊性や高い精神性の象徴なのであり、それが更に木の高いところの巣にある訳ですから、双子座の知的好奇心が非常に高度なレベルのものに向けられていることになるでしょう

しかし、旺盛な好奇心のままにすべての関心に探究心を向けいくというのは大変に不効率であり、専門的な高い知見を追求していくには、課題を一つに絞っていくことが必要となるでしょう

鳥の雛同士というのは、生存競争のライバル同士でもあり、弱い存在は巣の外に突き落とされて絶命する憂き目に遭うようなことを耳にしますけれども、わたしは最初にこのシンボルイメージを見た時に、巣から落とされる雛のビジョンが浮かびました

3という数霊はタロットの大アルカナの第13番、マルセイユ版では「名無しのアルカナ」ですけれども、その他のカードでは「死神」とも呼ばれます、マルセイユ版の図柄では大きな鎌をもった骸骨とその周辺にバラバラにされた人体とが描かれています

真の創造というのは、常に古い価値観や常識の破壊を伴いますし、何か素晴らしいものが創造される際に、そのプロセスではその他の多くの可能性というものが切り捨てられています

人間の精子に至っては、受精して人間となれる確率というのは数億分の1という狭き門ですけれども、一人の人間が生まれるために、その他の数億の可能性というものが切り捨てられている訳です

一つの作品が完成に至るのにも、無数の夥しい数の失敗作品が必要となるのではないでしょうか

さて、今度は反対側のサウス・ノードについても見てみましょう

(SAGITTARIUS 23 °): A GROUP OF IMMIGRANTS AS THEY FULFILL THE REQUIRMENTS OF ENTRANCE INTO THE NEW COUNTRY.
(私訳):新しい国への入国要件を満たしている移民の集団

こちらは射手座らしい楽天的で放縦な雰囲気を感じさせるイメージです

双子座というのが風のサインとしての意識の集中性や集約性を持っているのに比較して、射手座は火のサインとして意識が拡大、拡散する傾向を帯びています

双子座は自然界の中に法則性や因果関係というものを見出していく自然科学的な態度を持っており、射手座は宇宙の法則性や天の摂理といったものをどのように人や社会に役立てていくかという応用科学的な態度を持っていると感じられます

わたしはよく、双子座は近視的で微視的な世界観、射手座は遠視的で巨視的な世界観を持つというように対比させます

どちらも知性的に法則性というものに関して探究を行うのですけれども、双子座は法則性を見出すことによってその知的好奇心を満足させながら基礎科学を構築してゆき、射手座は高遠な真理を見出しながら、それを実際に人や世の中に役立つ形において、例えば法律や医療や宗教の教義などを体系化していきます

射手座23度の入国要件を満たしている移民の集団というのは、法律にも深く関わる射手座が入管法を運用しているシーンとも受け取ることが出来ますけれども、この移民達は人種や素性などには関係なく、新しい国での幸福や豊かさを追究するチャンスを認められている姿であり、すべての人に平等に慈悲を与えようという射手座の崇高な人道主義的な態度の現れなのかも知れません

また、移民側の立場を軸に考えた場合には、新しい国というのは、自分にとっては馴染みのない新たな価値観や法則性を持つ環境ですけれども、そこで暮らす未来には新たな可能性というものが予感されているように受け止められます

射手座の持つ楽天的な性質というのは、発展的な思考やビジョンを持っているということですけれども、外国とも縁が深い射手座というのは、与えられた場所で周囲に合わせて窮屈に生きようとするのではなく、住む国を変えてみるような大胆な環境の変更を行ってでも、自分が発展していける環境というのを見つけ出して、そこで発展的に生きようと志向するのかも知れません

この双子座と射手座の23度において共有されている課題が何かを考えてみますと、ともに強い発展性というものを感じさせますけれども、双子座は知的好奇心の対象となる素材の厳選に重きを置き、射手座は環境選択に重きをおいていて、何を対象とするかではなくて、とにかく発展すること自体が大切だと考えているように感じられます

人間が生きていく際に、何に熱中するかという課題の選択も大切なのですけれども、努力の成果が報われるか否かについては、結局のところ時流に乗るとか、自分を受け入れてくれる土壌にいるとか、そういった環境要因の力の方が大きく関与してくることになります

双子座は割りと視野が狭いので、自分の興味や関心にすぐに夢中になってしまいやすいですけれども、それが時流に適っているかとか、その社会で受け入れてもらえるかといったところへも視野を広げて考えることで、努力が無駄にならずに成果を上げることにつながっていくでしょう

射手座の場合は反対に、自分の関心の核がどこにあるのかという足下のところをよく見ていないと、発展して成功はしたものの、後になって、あれ、自分が本当にやりたかったことって何だったっけ、というように自分の本来の目的意識を忘れてしまうようなことになりかねないのかも知れません

射手座は何かと抽象的にものごとを考えがちで、尊大ぶっている割りに中身が薄いようにも感じられやすいので、何か具体的な拘りのようなものを自分の中に持つように心掛けた方がいいのでしょう

ということで、この軸の持つテーマは、成功し発展するためには、何に拘って熱中するかということと同時に、時宜や環境の選択というのも非常に大切だ、というようなことになります

 

それでは、ノード軸とは何を意味しているのかという本題に漸く移りたいと思いますけれども、今のところわたしが感じていますのは次のようなことです

ノード軸というのは、その人が魂の次元で生き、霊的目標を果たそうとする場合の魂のライフワークとしての”ソウルワーク”を示しており、ノード・リターンというのは、そのソウルワークの達成のために必要な霊的援助を、18.6年の周期ごとにその人の成長の度合いに応じた形で、人やグループや書物などとの縁として送り届けてくれるものである、というようなことです

わたしのソウルワークとして何か考えられるものがあるかと言いますと、わたしの水星は3室にあって金星との合、冥王星と天王星と木星からのトラインでグランド・トラインを形成していますので、水星の持つ機能というのが比較的強調されており、考えるとか書くという作業に気持ちが向かいやすいということがあります

そうして考えたり書いたりする中で、常に何かしら新奇性のある発見をすることに満足感を覚えるところがあり、それは日記のような人目に触れないものの中でも同様であり、何かしら自分なりの目新しい発見というのがないのであれば、書くことに意義を見出すことが出来ません

今はそれをブログという人様の目に触れる形で書いている訳ですけれど、仮にこうしたことがソウルワークにいくらかでも関係があるとした場合に、先ほどのわたしのノード軸の持つ意味を適用してみますと、「書くという努力を通じて何らかの成果や人生の発展を求めるのであれば、自分の興味の向かう対象ばかりについて書くのではなく、人や社会が今求めていることを書くという視点も必要である」、というようなことになるでしょう

最後に

ノードのある度数のサビアン・シンボルというのは、その人が生きていく上で大切に守っていかなければならない信条のようなものかも知れず、あるいは神聖な護符のようなものかも知れません

もしそれが蔑ろにされたり汚されてしますようなことがあると、邪悪な存在はそういうところにつけ込んでくることになるでしょう

人の道に反するような言動を繰り返していると、その心に応じた霊的存在がノードを通じて憑依してくるということは十分に考えられます

悪人というのはノードを通じて魂が汚染されてしまったような状態の人なのではないか、というようなことも感じられますけれども、去年の記事で少しだけ触れたのですけれども、昨年の7月17日の部分月食の翌日に、あの忌まわしい京都アニメーションの放火事件があった際には、シュタイナーの「月食の際には反対に、宇宙に存在する邪悪なものが、それを所有したいと望んでいるものの潜在意識に働きかけることを可能にする」ということを想い起してゾッとした気持ちになったところでした

ということで、二年半前にもノードに関する考察をしたことがありますけれども、今回はその理解を大分深めることができたように感じられるところです

先月のノード回帰をきっかけとして、これから様々な新しい縁も訪れることでしょうから期待したいところです

しかし、新しい人の縁というのが必ずしもポジティブなものばかりとは限らない点にはよく注意をしなければならないところです

実は先月、ノード・リターンがあったことに気づかないまま、その三日後に香椎宮で引いたおみくじに次の様に書かれていたことがすごく気になっていました

「このみくじにあう人は ややもすれば人に乗せられて難にあうことあり 我が為になる人と害をなす人あり よく心して世に処すれば 自ら眼開け 神仏の御加護により 幸せの道に通じる」

今考えればタイミング的に、ノード回帰でこれから出て来るであろう人とのご縁に関して、よくよく注意して付き合う人を選別するようにとのご神託であるように感じられるところです

 

以上、何かしらご参考になりましたら幸いです

6+

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です