ホロスコープと運命④ ~アスペクトのカテゴライズ①~

前回の宮澤賢治の出生図に関する記事の中で、インコンジャンクトやヨッドに触れたところですけれども、今回はアスペクトのカテゴライズに関する個人的な考え方につきまして、少し書いてみたいと思います

 

12芒星関連 ~無意識=宇宙意識との関わり~

ホロスコープは12サインによって構成されていますので、この12芒星関連のアスペクトというのは、ホロスコープの全体が表している「宇宙法則・自然の摂理」といったものとの相関性を持つものという捉え方ができます

ホロスコープの全体性というのは、この地上における我々人類や森羅万象の有する無意識(=潜在的可能性の総て)であり、宇宙の法則や自然の摂理を司る宇宙意識そのものの象徴と考えられます

そして、この150度のインコンジャンクトというアスペクトが描き出す12芒星は、12サインのすべてに頂点を持つことから、ホロスコープの全体性、すなわち宇宙意識との関わりを持つものというように考えられます

インコンジャンクトとヨッドに関する説明につきましては、前回記事をご参照いただければと思います→(「宮沢賢治の出生図 ~インコンジャンクト・ヨッドを中心に~」

この12サインのすべてに頂点を持つ図形といいますのは、150度のインコンジャンクトが描く12五芒星の他にも、次の五種類のものが考えられますけれども、30度のセミセクスタイルが描く正12角形を除けば、すべて複数の図形が組み合わさって作られるものです

①30度のセミセクスタイルによる正12角形
②60度のセクスタイルが描く正六角形が2つ重なったもの
③90度のスクエアが描く四角形が3つ重なったもの
④120度のトラインが描く三角形が4つ重なったもの
⑤180度のオポジションが描く二角形が6つ重なったもの
右下の最後の図は、上の六種類すべての図形を重ねてできる完全グラフとなります(何れの2点もがすべて線によって結ばれている図形のこと)

ここに関係するアスペクトのすべては30度の整数倍のものであり、30度のセミセクスタイルというのは、この12芒星における最小単位であり基本的枠組みとしての意味を持っています

12のサインで構成されるホロスコープにおいて、関係する6種類のアスペクトは何れもサインとの密接な関係性を有しており、全体との普遍的な調和性が意識されてきます

※サインとの密接な関係性というのは、天体同士の角度に意味があることに先だって、天体が入っているサイン同士の関係性が重視されるという意味であり、例えば天体同士がオーブの許容度の範囲にあってアスペクトを形成する場合に、サイン同士の関係性も、トラインであれば同じエレメントのサインに属していること、スクエアであれば同じクオリティ(三区分)に属していることが重視されるというような意味になります

最後の完全グラフを見れば、6種類のアスペクトによって12サインの間にくまなくパスが張り巡らされることになりますので、これらのアスペクトはホロスコープというシステムの中におきまして、スタンダードな性質を持つものと言えるかも知れません

勿論、トラインやスクエアなどのアスペクトは他の星形多角形の構成要素ともなる訳ですけれども、それはそれらのアスペクトに多義的な要素が含まれていると解釈することができ、例えばインコンジャンクトの様な一義的なアスペクトよりも汎用性を持つものと考えられます

ここでいう汎用性というのは、アスペクトを意識的に用いるその用い方によって、その作用・働きが多義的なものとなる、つまりはポジティブの側にもネガティブな側にも大きく振れやすいということになりますけれども、特にオポジション、トライン、スクエアなどは本人の意識の持ち方次第で、ネガポジのどちらかに振れやすくなるものではないでしょうか

12という数霊との相関で考えますと、タロットの大アルカナの第12番は「吊られた男」ですけれども、これは肉体的な自由のすべてを奪われて逆さに吊され、強制的に瞑想状態に置かれた状態に見えます

すべてに行き詰まった状態の時には、人間は考えることさえ止めることになり、そうして瞑想的な状態によって無意識の世界にコンタクトし、そこから何らかの閃きを得ることによって、はじめて状況打開の策を見出すことができるようになります

人間が瞑想状態で無意識にコンタクトするということは、自身の霊性である本我にコンタクトするということであり、その本我というのは宇宙意識に直接つながっているものですので、つまり宇宙意識へのコンタクトを試みていることと同義となります

人間は顕在化している意識だけに囚われて生きていますけれども、実際の生命の営みの大半が無意識下で営まれており、それは消化・吸収・排泄・呼吸・自己修復・免疫システムといった肉体的方面に限らず、精神的な営みですら実際はほとんどは無意識の影響を強く受けているものです

それはすなわち宇宙によって生かされている生命の姿の実相なのであり、我々はあくまでも宇宙が自身を表現したものの一部分なのであり、そのことを深く自覚することによって、我々は宇宙からの無限の叡智と力を得ることができることになる訳です

ちなみに、三角形の4つの組み合わせと言いますのは、六芒星を2つ組み合わせたものとしても見れますので、別途六芒星に関連するアスペクトとして、セクスタイル、トライン、オポジションの三つを抽出することができます

ですので六芒星関連のアスペクトについてはそれはそれで意味付けを考えることが可能な訳ですけれども、広義的にはすべてこの12芒星関連のものとして収束するものと考え、今回は特に扱いません

何れにしましても、以上からこの12芒星に関わるアスペクトは宇宙の法則や自然の摂理といったものとの密接な関わりが表現されているものだと考えることができると考えています

 

五芒星 ~人間的なもの~

12芒星に関連するアスペクトが宇宙の全体性との相関、つまり宇宙法則や自然の摂理に基づいた営みとの関係性の中にあるものと認識できる一方で、五芒星はそうしたものから独立して自由となり得る要素を持つ人間との相関性が極めて強い図形となります

五芒星は144度のバイ・クインタイルによって描かれますが、72度のクインタイルは正5角形を描き、この図形にはこの2種類のアスペクトしか関与せず、正5角形と五芒星だけで完全グラフが描かれることになります

五芒星とは人間の象徴であり、特に人間の精神を象徴するものとしてありますけれども、五芒星によって示される人間らしさというのは、自らの意志により自然法則からの逸脱が可能となる、そのような自主性と自由とが与えられているということに尽きるでしょう

このことは五芒星に関して、12サインとの密接な関連性が認められる12芒星とは極めて対象的な性質が示されているということになり、人間は人間独自の自由意思に基づく創意を持って自然界から独立(または逸脱)した自由な存在であることを意味します

五芒星は黄金比との深い関わりを持つことで知られていて、その図形の中にはいくつもの黄金比が見出されますけれども、我々が今ここで知っておけばいいのは、上の図の右側におけるクインタイルが描く正5角形の青の一辺と、バイ・クインタイルが描く五芒星の赤の一辺との比とが黄金比を示しているということになるでしょう

バイ・クインタイルが描く五芒星の中だけでも更に他にも黄金比が見出されるのですけれども、何れにせよこの図形とそれを描き出すクインタイルとバイ・クインタイルという2つのアスペクトは、黄金比に密接に関係しているということが分かります

では、黄金比が何を表すのかということですけれども、聖書には神が万物を創造するとともに、自分に似せて人間をつくった、と記されている訳なのですけれども、神が自分に似せて人間をつくった、というのは見かけの容姿といった意味合いではなく、神のように創造をなすものとして人間をつくったのだと理解することができます

そして、神が人間に分け与えた創造の力というのが、黄金比によって表されていると考えられます

人間には本来的に強い創造的欲求が備わっており、それは美と調和を持った何ものかの創造です

人間は自然から独立し、神のように創造行為を行いますけれども、そうした点が人間を他のあらゆる被造物と隔てており、人間という存在の特殊性がこの五芒星によって表されています

ここでこの五芒星に関連した、左の図のようなABCの3点で構成される2つのバイ・クインタイルと1つのクインタイルによる複合アスペクトというものを考えることができます

ヨッドについては12芒星の一角という観点から説明しましたのと同様に、この配置は五芒星の一角として、卓越した創造の力」と関係づけることができると個人的には考えます

また一方では、人間の特性としての自然からの独立という観点から、「強い型破りな性質」を表すということもできるでしょう

そもそもが5分割に関わっているので、5の数霊の持つ4という安定した型を打ち破るという性質を持つことになるのですけれども、人間という存在自体が、本能という枠組みから逸脱した存在」であるという、数霊の5に関連する特殊性を強く帯びた存在なのであり、そのことは人間らしさの大きな特徴のひとつと言える部分になります

仮にこの配置に名前を付けるとすれば、「黄金の精神(ゴールデン・スピリット)」というようなものが相応しいでしょう

クインタイルが作る底辺とそれ以外のバイ・クインタイルが作る二辺とは黄金比の関係にありますので、卓越した独創性というものを良くも悪しくも強烈に放つ可能性のある配置ではないかと感じるところです

この配置を持つ有名な方につきまして、手持ちの信頼出来るバースデータの方の中で調べますと、愛子内親王殿下のものが最もタイトで綺麗なものであり、底辺の1つはパーソナル天体の太陽であることから、オーブ1度以内のこの配置はこの日にだけ形成されていたものとなります

太陽が射手座の5度9分、天王星が水瓶座21度19分、頂点の木星が蟹座14度21分で、これらがすべてオーブ1度以内でクインタイルまたはバイ・クインタイルを形作っており、仮にオーブの許容を2度強まで広げると、これに水星も加わってくることになります

まだ今年の誕生日で漸く二十歳を迎えられるご年齢に過ぎませんけれども、何れ将来的には表立ってご自身の意志にてご発言や行動をなされるようになられるのでしょうし、この配置からしますと、とんでもないスーパーウーマン振りを発揮されるようになられてもおかしくないのかも知れません

ちなみにこの黄金の精神の頂点である木星を起点にして、冥王星との間でオーブ1度以内のインコンジャンクト、金星との間にもオーブ1度以内のセスキコードレート(次に出てくる八芒星関連)も形成されており、このように出生図の中で非常に重要な位置取りを占めている木星がある蟹座と言いますのは、個人的には日本や皇室との相関性が強いサインと感じており、そのど真ん中の15度に木星はありますので、何かしら後世に残るような大きなご事績を残される可能性をお持ちの方なのかも知れません

なお、愛子内親王殿下の昨年末のサターンリターン図におきましても、Mcとノードを底辺として木星を頂点とする「黄金の精神」の複合アスペクトが形成されていました

八芒星 ~現世(うつしよ)~

続きまして三番目としまして、135度のセスキコードレートによって描かれる八芒星について書きたいと思いますけれども、12芒星は宇宙や自然の摂理、五芒星は人間、そして、この八芒星につきましては、社会というものが密接に関わってくることになると考えています

セスキコードレートという135度のアスペクトにつきましては、一般的にはハードアスペクトである90度のスクエアと、その半分でありやはりハードアスペクトである45度のセミスクエアを足したものであり、従ってハードアスペクトとして困難や障害や否定などを表す、などというように説明されています

複合アスペクトのヨッドに関してもそうですけれども、非常に取って付けたような消化不良を起こしそうな不明瞭さと曖昧さが漂うこのような説明に対しましては、占星術を正しく真面目に理解しようと考える方々にとりまして、非常に懐疑心を起こさせるものであり、これらのアスペクトに対しては敬遠して距離をとり、あまり活用しようと思わせないものとなっているのではないかと感じます

しかし、セスキコードレートとは八芒星を描くアスペクトだ、といった角度から眺める時、ヨッドが12芒星の一角であるとした場合と同様に、一切の曖昧さが解消されることになるではないでしょうか

では、その八芒星というのは何を象徴しているものなのかを考えました時、先ず最初にあげておきたいのが「ベツレヘムの星」の象徴である、という点です

ベツレヘムの星に関する話のあらすじを、ウィキペディアから引用したいと思います

キリストがベツレヘムで誕生した直後、東の国で誰も見たことがない星が西の空に見えた東方の三博士(カスパール、メルヒオール(メルキオールとも)、バルタザール)は、ユダヤ人の王が生まれた事を知り、その星に向かって旅を始めた。途中でユダヤのヘロデ王に会った3博士は、「ユダヤ人たちの王はどこで生まれたのでしょうか」と尋ねた。ヘロデは、自分にとって代わる王がいるのかと驚き、不安を覚え、3博士にその居所がわかれば教えるように命じる。博士たちは星に導かれてさらにベツレヘムへの道を進み、星が止まった真下に、母マリアに抱かれたイエスを見出して、彼に敬意を払って礼拝し、高価な珍しい贈り物を捧げた。しかし、夢でのお告げにより、ヘロデ王には知らせないまま帰国してしまったのである。後にヘロデは、自分の王座をおびやかす者を排除しようと、ベツレヘムとその周辺の2歳以下の男児を皆殺しにした(幼児虐殺)が、主の天使が夢でヨセフに現れ、この災厄を事前に知ったので、幼な子イエスとその母をつれてエジプトへ脱出して助かった。

そしてこのベツレヘムの星は八芒星で表現される、ということなのですけれども、そもそも「8」という数字は、上の○と下の○が重なり合った形のものであり、上の○とは天界を、下の○とは地上世界を表しています

それが重なるというのは、天にあるものが地に顕れるということを意味していますので、イエス・キリストというのは正しく天上の神が地上に生まれてきたということを意味しており、その生誕が八芒星もよって表現されるベツレヘムの星である訳です

以上は八芒星に関する垂直的な方面(つまり上と下との関係性)からの説明となりますけれども、八芒星を水平的要素から考えますと、それは羅針図の象徴であり、東西南北の四方に東北、東南、西北、南西を加えた八方位というのが方位を表す場合の標準的な形としてあります

バリエーションとしては更に細かく方位を区切ったものも使われるのですけれども、人間が自分の感覚で認識できる空間の分割としては、やはり八方位くらいがスタンダードであり、日本の気学で用いられる下のような方位盤についてもは日本ではよく見かけられるものでしょう

方位の他にも一年の季節の変わり目を表す「八節」のような時間的な区切りに関しましても、八分割が関わっていると感じられます

要するに八分割というのは、この地上世界におけるあらゆる秩序と規範とを根底部分で定めている原理とも密接に関係しているということです

これは伝統的なタロットカードの第8番「正義」を参考にすると非常によく理解することができます
※カード出典:CBDマルセイユタロット by ヨアヴ・ベン・ドヴ www.cbdtarot.com

このカードは完全性を象徴しています

それは「8」という数字が最初に述べたように上(天)のものを正しく下(地)に下ろすということを意味しており、この世で完全なものというのは、天にあるものをなるべく忠実な形で地上において再現するということであり、それがこの数霊の持つ本来的な目的である訳です

カードに書かれた人物は左手の秤で物事の公正さや正邪をはかり、基準にそぐわないものを容赦なく右手の剣で切り捨てます

正義とは天の理に従って地上で物事の裁きをつけるということであり、季節の変わり目の区切りや方位の区切りに留まらず、この社会や人が従うべき規範のすべてを意味します

法律や裁判がなければ社会の秩序は維持出来ず、世の中は混乱し荒廃してしまいますし、個人というのも己を正しく律して常に自己を矯正していなければ人としての道を踏み外してしまいます

人間以外の被造物というのは、天が定めた本能の枠を出ることがなく、自然の秩序から外れることはないのですけれども、五芒星のところで語りましたように、自由意志が与えられている人間という存在は、8の数霊によって秩序を維持・回復する努力なしには、すぐに軌道を外れて自滅の道を辿ることが運命づけられています

ですからこの八芒星というのは、人間が五芒星によって得た自由意志の世界、言い換えれば無規範的・無軌道的な世界から、12芒星的な宇宙法則や自然の摂理の世界に回帰するために必要なものであると言えると考えています

そのように考えるので、まずは自然の摂理を表す12芒星を、次に自然の摂理から自由に解き放たれた人間を表す五芒星を、そして次に自由を得た人間が再び自然や天理に回帰するための道としての八芒星という順番で説明をしたところです

そのようにこれらの枠組み間の相互関係を明らかにすることで、それぞれの星形多角形に関係するアスペクトのそれぞれが持っている意味というものが、よりはっきりと、また立体的に把握することができるのではないかと思います

また、個人主義的な特徴を持つ西洋文化と言いますのは、8よりも5の数霊の方が主導的であり、日本というのは個が全体という枠組みに合わせる、また自然に自分を合わせると言う意味で8の要素が強い文化だと言うことが言え、日本人がとかく自制的であるというのは、8の働きを重視しているからと言うことも言い得るでしょう

日本では古事記などでも八という数字が非常にたくさん出て来ますけれども、この八はたくさんという意味を持つとされていますけれども、単に大きさや多さを表している訳ではなく、そこには、全部とか、全体性、世界、または最高のものといったニュアンスが含まれているものとして感じられます

この地上において完全なものとは、精々が8どまりなのであり、天そのものを表す12がそのまま示現することはありえない、ということもまた言えるかも知れません

前置きが長くなりましたけれども、セスキコードレートの他に関連するのは、45度のセミスクエア、90度のスクエア、180度のオポジションということで、合計で4種類のアスペクトが関係していることになります

図で見るとおりにセミスクエアが正八角形を描き、スクエアによって構成される四角が2つ組み合わさったもの、オポジションが4本組み合わさったものがあり、セスキコードレートも交えて一番右端のように完全グラフが描かれます

8という数霊は多義的であり、天界が地上に顕現してくるという上下関係の垂直的な作用と、地上世界を規範で秩序づけることで天のものを受け入れる器を作っていくという水平的な努力の方向性との二通りがあり、八芒星は神的なものの地上への表れや天界の現世(うつしよ)としての地上世界を表しますけれども、地上の規範としては八芒星自体よりも、むしろ四角形が2つ重なる図形の方がよくその性質を表しているかも知れません

皇族の方々の出生図にスクエアやオポジションとなる配置が非常に多く見られることはよく知られていることだと思いますけれども、この場合は、そうした方々と言いますのは、世の中の規範となることを生まれながらに運命づけられている方々」ということを意味するものとして個人的には捉えています

皇族の方々の場合は多くは国民の良い手本となることを心掛けていらっしゃる方が多い訳ですけれども、場合によっては反面教師的な悪い見本としてもこうした配置は作用することになります

ともかくこうした配置は人の中では何かと目立って脚光を浴びたりしやすくなるでしょうから、芸能人などの中にも多く見られることになり、結局は悪い見本として見せしめ的に吊し上げられるようなことも起こり勝ちになるものと考えられます

先月の6月を通じまして、経過の天王星と土星とが正確なスクエアを形成していたのですけれども、ちょうどわたしの出生火星が頂点となる「トール・ハンマー」がオーブ1度未満で形成されていました

神の拳と言われるトール・ハンマーは135度のセスキコードレートと90度のスクエアで形成される二等辺三角形であり、言うまでもなく八芒星の一角を形成しますので、象意は大体この章で述べてきた内容に等しいものです

先月、朝起きて日課をしている時に何となく、これまでの自分の言動を本格的に正さないといけないなと強く感じて、基本的にイージーアスペクトしか持たない自分にしてはそういうことは非常に珍しかったのでホロスコープを確認してみると、ちょうどトール・ハンマーがタイトに形成されていることに気づきました

そのことを特に強く意識していたという訳でもないのですけれども、その後結果的には生活の中でかなりいくつもの大きな変更や矯正がなされたところがありますので、皆さんもそのような配置の時には自己や生活の改善に大いに役立てられるとよろしいいかと思います

 

元号「令和」と八芒星との関係

令和という元号は、音霊(おとだま)では「レイワ」であり「零輪」つまりは「零(○)と輪(○)」=「○○」として表され、レイは霊でもあります

元号は本来は縦書きですので、次に示すますように○を縦に重ねますと算用数字の「8」を意味していることになります

日本の元号について算用数字との相関性を言うことに違和感を覚える方もいらっしゃる方もおいでかも知れませんけれども、数字というのも結局は図形なのですから、図形の持つ意味というのは洋の東西を問わない普遍性を持っているものです

令和という元号が8という数霊と深く関わっていることは、「令」という漢字の成り立ちと意味からも理解することができます

「令」というのはそもそもの象形文字としては、人がひざまづいて神意を聞くことを意味し、要するに元々は天から与えられる命令、つまりは掟(おきて)、規範などを意味しています

つまりは「令」という漢字自体が、数霊「8」の象意をほとんどそのまま持っているのだということがお分かりになられるでしょうか

神なるものが地上に降りてくるという意味合いと、それを地上で受けるに際して規範を整え、物事を規範に当てはまるように運用するという意味合いの双方を「令」という漢字自体が色濃く持っています

令和という時代が、グレート・コンジャンクションに先だってその直前に到来したことは、以前も申し上げたように決して無関係なことではなく、令和という時代は正に風の時代の先駆け、幕開けに相応しい時代として到来しています

八芒星がキリストの誕生を象徴しますように、8は神が地上に降臨することを意味し、新しく神が地上に降りてくるというのは、要するに新しい時代精神が地上にもたらされる、ということを意味しています

ですから、これまので地の時代の物質主義的なあり方の規範が、風の時代の精神主義的な生き方に相応しい規範へと置き換わるという流れが生じて来ますので、世の中は色々と大きく変わることを余儀なくされ、強く矯正されることになります

令和に入ってからのこのコロナ渦は、正しく世の中や人のあり方が変わっていくことを余儀なくさせる、8の数霊による変革の波の顕れと捉えることが出来ます

変革を象徴する数霊は8だけではありませんけれども、8の数霊に基づく変革というのは、自発的な意味合いのものではなく、上からや外からの強制的な力による変革という意味合いが強いものですし、世の中が天によって矯正されているようなイメージのものです

しかしながら、天を崇敬する信仰心を持ち、自らの修身に余念のないような方にとっては、こうしたことは僥倖として感じられるものでしょう

これまでの物質主義的な時代において、既に精神主義的なあり方を志していた先進的な方々にとっては、今般の変革が待ちに待った好ましいものとして受け取られますし、反対に古い物質主義的な時代に固執するような方々にとっては、大きな災いというようにしか受け取ることが出来ません

こうしたことも8という数霊が持っている多義的な意味合いに含まれていることですし、「令」という字の意味合いにつきましても、命令の令だというようにネガティブな側面から感じ取るような方もおられますけれども、自分の中に礼節の心が欠けている方からは、礼儀というのはもっぱら外からの押しつけというようにしか理解できませんし、立派な心の持ち主から見れば礼儀というのは率先して示すべき心地好く麗しい所作としてしか感じられません

 

最後に

今回は七芒星まで書くつもりでいたのですけれども、体調その他で筆が進まず大分長引いてしまったし、今回の12、5,8と言う数霊とそれぞれの関係性というのが最も主要で大切なものであるということと、また、最後に8の数霊と元号との関係性という、このブログ本来の風の時代の生き方に直接つながる内容に触れましたので、今回はここまでとして、次回以降に捕捉を書けたらと思います

お伝えしたいことはたくさんあるのですけれども、何れのテーマも掘り下げて書けば優に一冊の本になりうる内容を含んでいて、現在の体調では中々書くのに骨が折れますし、自分の意志で書いているようでいて、実はかなりそうではない部分が多いので、思う様には捗らないところです

わたしの場合は頻繁に更新して閲覧数が跳ね上がってくるようになりますと書く気がしなくなってしまい長期間ブログを放置してしまうということも繰り返していて、ご愛読いただいているごく少数の奇特な方々には大変申し訳ないところもありますけれども、きっと縁のある方や真摯に風の時代の新しい生き方に取り組もうとされている方は、何度でもこのブログに巡り会うことになると信じます

では、またお会いできますことを祈念して失礼いたします

+8

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です