先日の総裁選記事の捕捉

先日の自民党総裁選に関する記事について一部捕捉をさせていただきます

前回の記事では高市氏の躍進の可能性と河野氏の絶頂期からの凋落の可能性に焦点を置いて書きましたのと、少し風邪気味で途中で疲れてしまったところもあり、昨年に書いた記事の再掲に留めていた岸田氏に関する記事の次の部分につきましては、ちょっと荒すぎたところがありましたのでここで捕捉をさせていただきます

しかしながら、最も肝心な今年のソーラーリターンにおきまして、経過海王星が出生火星にタイトにインコンジャンクション、経過海王星が出生海王星にタイトにバイクインタイル、同じく経過海王星が出生天王星にタイトにセスキコードレイトとなるなど、何故か経過の海王星ばかりが出生天体に対して極めてタイトなアスペクトをいくつも形成しているので、こうした点からはご本人の思惑が残念ながら外れてしまい、儚い夢となって散ってしまうようなイメージの方が強いでしょうか

2021年 自民党総裁選候補関連」より

この部分は最後の方で書き足したものなのですけれども、結構雑に通俗的解釈を当て嵌めて済ませてしまっていたのですけれども、あらためてきちんとホロスコープを読み直しますと、太陽回帰時の経過海王星からのアスペクトに関しましては、全然異なるイメージで捉え得るものでした

今年7月の岸田氏のソーラーリターン時に、経過の海王星が出生の3つの天体にタイトにマイナーアスペクトを形成している訳ですけれども、普段であればこのように経過海王星からのアスペクトが出生天体に関わって来る場合に、まずはご本人の出生海王星の状態に着目をします

岸田氏の出生海王星は天秤座30度ということで、この各サインの最後の度数である30度と言いますのは、そのサインで培われる諸能力が非常にそつの無い形で発揮されますけれども、サインの最後の度数にある天体と言いますのは、すでにそのサイン内での開拓・向上の余地が残されていないという意味で、既にそのサインから心は離れて次のサインに関心が向けられている状態となり、それでも当該サインの諸能力を半ば無意識的に自在に扱うことができるようなケースというのが多く見受けられます

岸田氏の場合は天秤座という社交性を示すサインの最後の度数にある海王星によって、先天的な社交的感覚が肌感覚で身についていて、ごく自然にそうした能力が発揮されている、それは社交の手管というような類いのものではなく、海王星的な繊細な直感的な力として、人との付き合いに関するセンスが強く発揮されるといった印象のものではないかと感じられます

それが今年のソーラーリターン時に経過の海王星と出生の海王星との間に、五芒星に関わるバイクインタイルがタイトに形成されるということで、通常以上にそうしたそつのない社交感覚が発揮されるような状態に至っているのではないかと感じられるところです

また、この時の経過の海王星は、魚座という海王星本来の定位置にあって海王星らしさを発揮しやすい状態にあるとともに、魚座23度のサビアンシンボルは「霊を実体化させられる霊媒が降霊会を催す」というものであり、魚座や海王星に関わる神秘的な能力が強く発揮されるポイントに位置しています

そうした経過海王星からの出生火星に対するインコンジャンクションと言いますのも、インコンジャンクションは12分割という無意識を通じた宇宙意識とのつながりが示されるアスペクトなのであり、海王星から火星に対するこのような配置は、一種サイキック的な能力として、現実的世界において神秘的な才を遺憾なく発揮することを可能とさせるような配置となります

ですから、今回の総裁選勝利の裏側では、岸田氏の社交の才が巧みに発揮されることによって、地方の党員は別として身近な議員からは多くの支持者を勝ち得ることに成功していたのではないか、と考えられます

また、出生太陽とオーブ2度以内で合している出生天王星は岸田氏に一定の独創性や強い自立心を与えていると考えられますけれども、太陽回帰時の海王星からの135度のセスキコードレイトは、それを抑えて自己中心的なあり方を矯正し、結果としては出生海王星の持つ他者との社交的な協調的関係性に従わせるような働きをしているのかも知れません

ちなみに岸田氏の出生太陽と出生海王星はオーブ2度以内のスクエアですけれども、岸田氏の人間性を見る限りでは、少なくとも外の世界では俺が俺がという自己中心性を持ちやすい天王星と合した太陽のあり方が抑えられていて、海王星の社交センスが優先されているように感じられるところです

以上のように細かく丁寧に観ますと、先日書きましたような「ご本人の思惑が残念ながら外れてしまい、儚い夢となって散ってしまうようなイメージの方が強い」というような通俗的なステレオタイプなイメージで片付けられるようなものではなく、岸田氏が本来持っている社交的感覚が大いに活かされるような運気に今年はあったということが言えるでしょう

ちなみに、ここで言っている社交の才と言いますののは、一般的な金星的な社交の才というような、積極的に人と関わっていくような性質のものではなく、どんな人とも衝突しないで円滑な関係性を構築してあまり敵を作らないような、精神的なバランス感覚が潜在意識下で強く働いている、というような意味合いのものとなります

ということで、以上が先日の記事に関する捕捉となります

まだあまり体調が十分でなく、なかなか集中力が持続できないために、不十分な記事を書いてしまって大変申し訳ありませんでした

それにしても高市さんは非常に大きな存在感を今回示して今後が大いに期待されますし、一方で河野氏に関しては、今後人間的な大きな成長が見込まれない場合には、やはり今回の総裁選をピークに、凋落してしまうような可能性というものが示されたのではないかと考えるところです

以上となります

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です