5月の部分日蝕と皆既月蝕
蝕とノード
今月は月初と月末に二度の新月がありますけれども、本日1日の新月は部分日蝕となり、16日の満月は皆既月蝕となりますが、何れも日本からの観測は出来ない時間帯のもとなります
毎月生じる新月と満月の中で、日蝕や月蝕が特別な意味を持つのは、それが太陽と月の交点であるノード付近で生じる天体イベントだからであり、ノードというのは意味合い的には鬼門であり霊的環境との接点となっていますけれども、そのノードを通じた霊的な影響が強く作用してくることとなります
部分蝕よりは皆既蝕となる場合の方がより、ノードの至近点で生じていることになりますが、浄化的な意味合いが強い日蝕の作用の方はともかくとしまして、皆既月食となる場合には、その好ましからざる影響について懸念が必要なのではないかと感じられています
ノードがカルマや人との縁などに強く関与していると言われておりますのは、霊的影響を出入りさせる扉の役割りをノードが果たしているからであり、シュタイナーはこの日蝕と月蝕について次のように言及しています
「日食と月食はそれぞれ安全弁と見なされ、日食においては地上の邪悪なものが宇宙へと放出され、また、月食の際には反対に、宇宙に存在する邪悪なものが、それを所有したいと望んでいるものの潜在意識に働きかけることを可能にする」(※出典:”Human Questions and Cosmic Answers” By Rudolf Steiner)
過去記事より引用
単に部分蝕であるか皆既蝕であるかと言う区分けではなく、占星学的には蝕が起こる際の新月または満月に対するノードの距離が非常に重要になって来ることになり、あの忌まわしい京都アニメーションでの放火事件の前日の2019年7月17日に生じたのは部分月食だったのですけれども、その際の太陽と月とノードとの距離は6.43度程でしたので、部分蝕といっても比較的ノードの近くで生じていたものであった訳です
※過去の記事でノードの意味を掘り下げて書いており、蝕との関係性にも触れていますので、未読の方は次の記事を読んでおくとよいでしょう→「ノード・リターンについて ~霊的環境の変化~(2020年11月16日)」
5月1日の部分日蝕
この日蝕における新月とノードとの距離は12度ちょうどですので、比較的緩い月蝕であることが分かります
日食においては地上の邪悪なものが宇宙へと放出されるというのは、現象としてはポジティブなものと受け取られ、通常の新月の古いものが浄化され新しいスタートを切る働きがかなり強化されて現れてくることになりますけれども、それまで邪悪なものと一体化していたような存在があるのであれば、そのような存在にとっては何らかの崩壊的なアクシデントに見舞われる可能性というのも起こり得るのでしょう
この日蝕に関しては新月に対して海王星がオーブ1度以内でハーフスクエアとなっています
今回はこの日蝕に関しては占星術的には詳述しませんけれども、この日蝕がヒジュラ暦(イスラム暦)の最も神聖な月とされる第9月(ラマダン)開けの新月となります点には注意が必要となるでしょう
イスラム教のヒジュラ暦は月の満ち欠けに基づいた太陰暦ですけれども、前回記事で9月25日のユダヤ歴の新年について触れましたけれども、ユダヤ歴というのも実は太陰太陽暦であり、やはり月の満ち欠けを基本にしているものです
太陰太陽暦
太陰太陽暦(たいいんたいようれき、英: lunisolar calendar)とは、太陰暦を基とするが、太陽の動きも参考にして閏月を入れ、月日を定める暦(暦法)のこと。
イスラム教やユダヤ教などの非常に有力で世界的に影響力のある宗教が月の運行に基づいて宗教行事を行っているということは、月の朔望による天体イベントのエネルギーによって社会的変動が起きているように見えていても、実際には宗教行事の影響力の方が強く出ている場合があることとなります点には、占星学的には注意を払っておくことが必要となります
この本日の日蝕となる新月はイスラム教で最も神聖な月とされるラマダン明けとなることを意味していますけれども、金融市場におきましてはラマダン開けにはオイルマネーの流入が再開するので平均株価が上昇するというアノマリー(合理性な法則性は持たないが経験則的には成立しやすい法則について言う)があるのだと聞きます
現在の原油価格は過去20年の中でも高値に位置していますので、オイルマネーが金融市場に与える影響力というのが相対的に高いということになりますので、月初めの新月でラマダン明けとなった後の週明けの金融市場の動きについては注意をする必要があるようです
5月16日の皆既月食
ノードは表示されておりませんけれども、満月に対して2.78度と非常に近い位置にてこの皆既月蝕が生じるとこととなり、この満月にはノードの鬼門としての働きとして、霊的な強い影響力の介入が予想される点には注意が必要と感じられるところです
加えまして、この満月は土星とオーブ1度以内でタイトにTスクエアを形成しますので、更に警戒が必要な雰囲気がありますけれども、太陽と月のオポジションに対する海王星の調停のアスペクトもオーブ1度以内のタイトなものであり、こちらはどちらかと言えば緊張を和らげる印象のものとなります
仮にオーブを4度まで許容すれば冥王星も加わってクレイドルとなりますけれども、メジャーアスペクトですので許容される方もいらっしゃるかも知れませんが、わたしはここまで緩いものは通常は採用していません
まずは、満月が形成する軸のサビアンシンボルを見ておきたいと思います
(TAURUS 26 °): A SPANISH GALLANT SERENADES HIS BELOVED.
(牡牛座26度):スペイン人の伊達男が、彼のお気に入りのセレナーデを歌う。
(SCORPIO 26 °): AMERICAN INDIANS MAKING CAMP AFTER MOVING INTO A NEW TERRITORY.
(蠍座26度):新たな土地に移動した後、テントを張るアメリカインディアンたち。
26度のサビアンシンボルと言いますのは、それぞれのサインの中の5度のものと対照的な内容を持つのですけれども、試しに例を示してみます
(TAURUS 5 °): A WIDOW AT AN OPEN GRAVE.
(牡牛座5度):墓穴の寡婦。
(SCORPIO 5 °): A MASSIVE ROCKY SHORE RESISTS THE POUNDING OF THE SEA.
(蠍座5度):巨大な岩礁が波の浸食に耐えている。
この牡牛座と蠍座の5度の軸には徹底して堪える状況というものが示されていることは明らかですけれども、不動サインであり受動サインでもある牡牛座と蠍座にとりましては、堪える姿勢というのは比較的スタンダードな基本姿勢としてあるものと感じられます
※何故各サインの26度と5度の間に相関性が見られるのかにつきましては、よろしければ次の過去記事をご参照下さい→「サビアン度数による自己補完の試み(2020年11月21日)」
こうした5度の軸の緊張的な雰囲気に対しまして、26度では一転して開放感が感じられるものとなっている訳ですけれども、それはそれぞれのサインらしさからの最初の脱却の試みです
それまで拘っていたそのサインらしさへの拘りから意識を転じることを示すような内容が、各サインの最後の5度の始まりとなる26度のサビアンシンボルには多く見受けられますけれども、それは次のサインへの移行の最初の準備ということになります
26度のサビアン・シンボルの持つ解放的な雰囲気と言いますのは、「6」という数霊の持つ意味の中に、タロットの大アルカナの第16番「神の家(塔)」に暗示されている解放や引っ越しというような、環境や心境などが突発的に一変してしまうような状況とも通じている内容ということになります
それまで守っていた自分らしさに飽きて、らしからぬことをしてみたくなる衝動というのがサインの26度には見られるところがあり、本来的には内気で穏やかな性質の牡牛座が「伊達男が女性を口説くためにセレナーデを歌う」という内容にも、一つのことに烈しい執着を持って突き詰めていく性質の蠍座が、「自分達の土地を守るために白人と戦っていたインディアンが新しい土地で何事もなかったかのように淡々と新しい生活を始めている様」というのも、どちらもそのサインらしさをかなぐり捨てているような雰囲気というものが感じられるものです
つまりこの牡牛座と蠍座の不動・受動のサインの組の26度の軸というのは、自分自身を囚われから解放して自由にするという意味合いを持つものであり、特に内向きで物事に拘りやすい不動・受動サインの持つ自縄自縛的な性質から考えれば、その解き放たれる感覚というものは、他の場合よりも強く感じられるところがあるでしょう
また、この牡牛座と蠍座という軸は金運に強く関係すると一般的に言われていますけれども、そうしたラインで読むとすれば、これまでの唯物的な、お金や物質に囚われ切ったような世界から脱却したいような衝動が生じる、というようなことも考えられるでしょう
その軸に対しまして、海王星は調停的に作用しますが、土星は太陽と月に対して否定的な作用をもたらします
太陽と月にとりましては、このスクエアの関係にある土星は、自分を否定してくる敵のように感じられる訳ですけれども、そもそもオポジションで緊張的・対立的な関係性が太陽と月との間にあったのだとしても、お互いの共通の敵が土星であるので、太陽と月はお互いに敵の敵だから味方だということになり、土星という共通の敵に対して太陽と月は協調的に対抗することになるでしょう
その結果として、太陽と月の軸が持っている目的意識の成就が最終的には土星の存在により助けられることにもなりますけれども、そこに至るまでには土星からの嫌らしい邪魔や妨害が入ってゴタゴタすることになるでしょう
この土星を頂点として太陽と月とで形成されるTスクエアを持っていた方として、昨年皇室から降嫁されて一般人となられた元プリンセスがおられたことを思い出したので余談ですけれど少し書いておきます
この方のケースにおきましては、度数的にはオーブ2度以内でアスペクトが成立しているものの、肝心なサイン同士の関係性ではアスペクトが成立していないところがあるTスクエアとなっていました(※土星と月のスクエアについては成立)
アスペクトの中にはサイン同士の関係性というのがあまり関係していないものもありますけれども、スクエアやオポジションなどの場合にはサイン同士の相関性を厳密に考える必要があります
サイン同士の関係性では成立しない複合アスペクトというものには、アスペクトの強い作用はあるものの、そこから何かしら肯定的な意味のある結末が果たしてもたらされ得るのだろうか、といった疑問が持たれます
この方のケースでは、太陽と月が結婚相手と自分との関係性を表していると考えれば、一見パートナーとしては相応しいようにも見えながらも、実際のところはサイン的にはオポジションではなくインコンジャンクトの関係性なのであり、どうやっても反りの合わない関係性の相手であるとも見做すことができます
別にインコンジャンクトの関係性がよくないという訳ではなく、むしろ自分にまったくないものを持っている互いを深く尊敬し合うような関係性というのも考えられる訳ですけれども、アスペクトの関係性とサインの関係性とがちぐはぐしていると、何か釈然としない、不可解な印象が拭えない関係性となったりする部分があるようにも感じられ、それはアスペクトの関係性とサインの関係性との間に存在する齟齬が、意識上の錯誤を常に生み出してしまうようなところに問題がある可能性があるのではないかとも感じられます
そしてこの夫婦となる関係性を表す太陽と月に対して、土星を父親あるいは皇室の伝統や権威といったものと見做せば、それが否定して邪魔をしてくることになる訳ですけれども、ここでも一見スクエア的なイザコザが生じているようでいて、実際はサイン的には土星と太陽とはトラインの関係性であったりしますので、一見厳しく否定しているように見えても、実際には本心では二人の関係性を許しているところがあり、怒って反対しているように表面的には見えてはいても、結局はいいようにズルズルと押し負けてしまうような格好にしかならず、結果としては国民の期待を大きく損なうような結末にしか至らなかった、というようなところがあるというようにも見ることができます
やはりTスクエアというのは、頂点の天体と底辺の2天体とが徹底的にやり合ってこそ、その先に肯定的な意味合いも見えてくるものだと考えられますけれども、サイン的に成立しない場合には、意味もなくゴタゴタするようなところだけが目立ち、評価に値するような何かが生み出されてくるような、この複合アスペクトの持ち味が生かされてこないようなところがあったのかも知れません
かといって正規のTスクエアについてもそんなに扱いやすいものではないでしょうけれども、起きてくる問題に対して真摯に向き合う姿勢と困難を乗り越えて成長していく強い意志というものさえ持っていれば、時間は掛かっても最終的には乗り越えることができ、物事を簡単に乗り越えた場合を遙かに凌ぐだけの大きな成果を手にすることができるのではないでしょうか
おわりに
今日はあまり突っ込んだ内容を書く積もりはなかったのですが、大きな社会変動の前触れ的な予兆が見られるようになってきておりますので、今月の日蝕と月蝕に関して簡単に触れてみましたけれども、最後は余計な話になってしまいました
それでは、何かご参考になりましたら幸いです